reset-N「繭」@シアター・トラム

(あらすじ―フライヤーより)
西の宮殿にその人は住んでいる
東の都が放射能の風を受けてからのことだ

海をこえて始めた戦争が
海をこえて帰ってくる

人口が減っていく
ふりむくとひとりになっている

こんな時だから仕方ない
こんな世の中だからやむを得ない
その声を祖父母たちもたしかに聞いていた

報告をした人はどこかへ消えていく

誰かが口にした祈りが
噂となって広がる
その人が扉を開き
七百年のあいだ起こらなかった
革命が始まるのだと。

(感想)
去年観に行った舞台で客演で印象に残った役者さんが何人かいたのでもの凄く気になっていた劇団、reset-N。その時は、主宰で脚本・演出を担当されている夏井孝裕さんがフランスに留学したために充電中ということでとても残念な思いをしたのですが、やっと観る事ができます。
中央には鏡の仕切に囲まれた高貴な若い女性が一人。背後には上は白で下は黒で統一された衣装を着けて眼鏡をかけた登場人物達が、客席と対面した形で横一列に座っているところから舞台は始まります。さて、ここからどう動くのか?と思いながら観ていたのですが、小さな動きはあるものの静けさを保ったままの状態で舞台は進行していきます。
一方で、内容の方は自爆テロで皇居が破壊されるという何ともショッキングなもの。以前ほど神経質でなくなったとはいえ、一歩間違えるととても危険な題材に真っ向から挑んでいったことについては、素直に凄いなと思います。ただ、内容と、実際に舞台上で起こっていることの出来事とのギャップの大きさにかなりとまどったのは事実。正直に白状すると、この作品をどう取り扱っていいのは持て余したというのが、正直な所です。
ただ、次の2点についてはとても印象に残りました。

1.1人の「公人」の内面をかなり深くまで掘り下げた点。
「公人」の言動をメディアを通して聞いていると常々疑問に感じてしまうことがあります。それは、今の発言は果たして自分の意思で言っているのか?それとも取り巻きたちに言わされているのか?ということ。仮に自分の意思であった場合、それは心からそう思っての発言なのか?それとも周囲がそういって欲しいという空気を慮ってのものなのか?いざ、それを調べてみようとしても、人間の心の中はその人でさえ良く分からないもの。公人になればなるほど、境界線はあいまになっていき、そのブラックボックスの大きさに途方にくれます。この作品上の世界とはいえ、今回の舞台では、そんなブラックボックスのような部分にまで立ち入って描かれています。それによって、そこにいる一人の人間のどうしようもない無力さをかなり深いレベルまで描けていたと思います。

2.静かさの中にも、今日本を取り巻く危機感を私達の印象に残る形で描いている。
一見すると、作品の脇道や不純物のように感じる、ラジオのDJややる気のない護衛の会話。作品のアクセントとしてだけでなく、作品上の日本の危機感を浮かび上がらせて、それを現代の日本とシンクロさせていくことによって、実際の社会の危機感を炙り出しています。夏井さんが留学によって劇作にどんな変化が生じたのか?今回が初見の私には何とも判断ができません。ただ、日本についてこういった視線で見ることが出来るのは、「日本から日本を見る」ほかにもう一つ「日本の外から日本を見る」という視点がないとある程度の客観性を持たせることはできないのだろうと思います。

果たしてこの題材は、この表現方法で舞台になったことが適切だったのか?持て余した私には、残念ながら判断できません。ただ、私の見た印象では、取り扱う題材が題材だけに、どこまで描いて描かないのか、どこまで作品の純度を高めればいいのか、そのさじ加減にかなり迷いがあったように見受けられます。
役者さんの演技を楽しみにしていた、という部分ではやや肩透かしを食らった感はありましたし、作品だけでなくアンケートのないことやチケットの販売方法なども含めて劇団としての間口の狭さには疑問を感じる部分は多々あった公演ではあります。ただ、それ以上に入り口を入ったあとに、底の見えない奥行きの深さを感じたのも確かで、その中をもうちょっと覗いてみたい。そんな気分になりました。