KAKUTA「目で見て嘘をつけ」@シアタートラム

(あらすじ)
地方の海沿いの都市にあるそば屋を訪れる一人の男。その店の店主の友人の男は、訳あって会社を辞めたため今は無職で、友人の好意でしばらくそこにお世話になることになっていた。そのそば屋で店主の家族に紹介されたり、二人の共通の友人とその妹と会っていると、見覚えのない美女に「久しぶり」と声をかけられる。しかし彼には彼女が誰なのかどうしても分からない。それも当然で、実は彼女の正体は…。
(感想)
この劇団の作品を何度か観ていていつも感じるのは、空間作りがとても巧みなので、芝居とは別にその場にいるということがとても心地よく感じるということ。普通の劇場の舞台だと開演より早めに着いてしまうとその間どうしようかと悩む事も多いのですが、この劇団に関しては、開演前から役者さん達が登場したり、劇場での開演前のお願いにも一捻り工夫が施されていて、その心配も無用です。特に選挙カーのパロディの案内は、聞いていて思わずニャッとしてしまいました。
そんな空間で繰り広げられる作品は、さまざまなちょっと訳ありな人達の人間模様が描かれた作品。冒頭こそちょっとギクシャクとした感がありますが、キャストが一通り揃いだすに従って、話も作品も良くなっていき、その後は最後まで楽しく観させてもらいました。特にいいなと思ったのが、ちょっと訳ありな登場人物達にそれぞれの背景があり、それを役者さんが1人1人が膨らませて生き生きとした人物像を作り出している点。例えば、筒井真理子さん演じている性同一性障害の男性(?)役は、最初に「お兄さん」と呼ばれた時点でおかしくて1人吹き出しそうになるのを必死にこらえてしまいました。あえて男性的な部分を押さえて、普通の女性よりも女性らしさを前面に押し出していたのですが、そういう役だと言われてしまうと「あー、そうですね」と納得できてしまうから演劇というのは不思議です。生まれつきの女性でないからこその意識した女性らしさから生まれたものだと言われると納得です。
筒井さんと2人で話の中心線にいる成清正紀さんもなかなか印象的。穏やかな外見と、それに反したグチャグチャとしたものを抱えている内面とのせめぎあいを上手く演じていたように感じました。
基本的に人一倍集中力に欠ける人間なので、いつもだったら2時間以上の舞台は苦手なのですが、今回に限っては2時間5分でもまだまだ観たりないという印象を受けました。このことはこの作品のいい部分と問題点との両方の部分を象徴しているのではないのでしょうか。いい部分としては、前述した通り一人一人の人物の背景がとてもよく描かれているので、作品の世界がとても広くて観ていて純粋に楽しかったということ。登場人物はそれぞれの事情から、大小実にさまざまな「嘘」をつくのですが、人間というのは嘘だけでは生きていけない、けど嘘なしでも生きていけないなということを強く感じました。観終わった後、何人かの「嘘」は自分の中にも確かに棲みついているのだなと思いました。
一方で、一人一人がしっかりと描かれているだけに、それぞれをもうちょっと掘り下げて描いて欲しかったという物足りなさを感じてしまったのも事実。例えば、内海賢二さん演じる父親視線で息子が娘に変わっていってしまうとどうなるか、とか若狭勝也さんと大枝佳織さん演じるそば屋の店主夫妻のエピソードなんかはもっとこの先を見てみたいと感じてしまいました。
これは、私の身勝手な感想なのですが、それ以外にもそれぞれのエピソードひとつひとつは面白かったので、この作品については、いっそ2時間と言わずに二部構成にするくらいの気持ちでとことんまでやりきってしまった方が良かったのかなと思います。これでも充分に面白いのですが、万一そこまでやったらものすごい作品になっていたかも、という気がします。