スロウライダー「手オノをもってあつまれ!」@THEATER/TOPS

(あらすじ)
舞台は未来の九州南端の港湾都市の団地。アメリカが滅亡してしまい石油が枯渇してしまったこの世界で生き延びるため、その間唯一地元を支えてきたともいえる黒糖メーカーが、石油に変わる新しいエネルギー資源を開発しているブラジル系企業に合併吸収される決断をする。そのおかげで都市は何とか生き延びることができたが、そのせいで外からやって来た労働者(ナンミン)と地元民(ジモティ)との対立が深刻化し、問題になる。
その都市の団地に住む、一人の男と元黒糖メーカーの一人娘とが恋に落ちたが、娘はバイオ燃料の原料の持つ副作用で、顔を見たものが笑わずにはいられないという奇病にかかり、彼らはキスひとつすることができなかった。
(感想)
所々やや大げさな気味な台詞回しや動き、随所にでてくる元ネタがすぐわかってしまう映画や漫画やゲームのパロディの数々。パロディのネタそのものは随分とチープな使い方をしているせいかやや安っぽくて嘘くさい作りなのですが、かと言って安っぽくて興ざめするという線は踏み越えない。この辺の巧みにコントロールされた優れたバランス感覚を保つのは簡単そうでいて結構難しいことだと思います。舞台では笑いが絶えないのに、作品上の人物も観客も笑えないというシチュエーションもなかなかシュールで面白いとは思います。
とはいっても、最初のうちは、まるでチープなゲームのような展開に、「狙ってやっているんだろうし、悪くはないけどこのまま進んでいくのはいやだなあ」という不安が先に立ったのも事実。前回公演とのあまりにも大きな落差にとまどったということもあって、最初の30〜40分はややフラストレーションを感じながら観ていました。
その印象ががらりと一変するのが、この作品の中で繰り広げられていることが実はネットゲーム上の出来事かもしれないということに気がつきだしてから。振り返ってみるとそう考えると作品に辻褄が合うなと思いながらも、実はゲーム上のヴャーチャルな空間に見せかけた現実の社会、という可能性も捨てきれません。それだけでなく、ゲームの中でもプレーヤーの行動によって同じ場面なのに全く違った展開になってしまったり。途中から脳味噌がかき混ぜられるような混乱に陥りながらも、その混乱が心地よくて、気が付いたら作品の世界にグイグイと引きずり込まれていました。「リアルな世界に見せかけて、実はヴャーチャルな世界だった」というのは、舞台ではどうかわかりませんが、少なくても小説やゲームや映像の世界ではかなり良く見かける設定だと思います。ただ、この作品が他の作品と一線を画しているのは、一つはそのことがわかることが作品のゴールではなくスタートであるということ。そしてもう一つは、その「ヴァーチャル」とその外側にある実生活の「リアル」な世界、その「ゲーム」の世界を生身の「人間」が「演劇」という形で演じているということを強く意識させてくれることではないでしょうか。
ただ、この作品が急激に面白くなってきたのが、この劇中の仕組みが分かってからなのですが、そのシーンに向かうまでのプロセスや説明がやや不親切なため、ただでさえ分かりにくい作品を余計分かりにくいものにしているのがやや難点。あまりあからさまにしてしまったら作品そのものが台無しになってしまうとはいっても、私が偶然分かったのも元ゲーマーだったのと、「何かゲームっぽい」という先入観があったお陰。ゲームに興味のない人には何がなんだか?といった感じになってしまう危険性もあるのではないでしょうか。私だって細かい部分までは全てが分からなかったですし…。
現実と仮想の世界で揺れ動いた地に足がつきそうでつかない微妙な感覚を描いた山中隆次郎さんの脚本の面白さも大きいのでしょうが、その微妙な差をコントロールし演じ分けた役者さんたちの演技と演出には本当に感心させられました。個人的には、SHAMPOO HATの多門勝さんとはえぎわの町田水城さんのチンピラコンビの見た目に反した繊細さ、ポカリン記憶舎の日下部そうさんの穏やかな外見が少しずつ歪んでいく演技が好きです。日下部さんの演技は前回公演や他の客演でも印象残っているので、自分の劇団で一体どんな演技をするのか興味があります。
ちょっと分かりにくい部分こそありましたけど、細部まで作りこまれていて良く出来た作品だったと思います。作品の世界にどの段階で、どこまで入り込めたかで人によってかなり印象が変わってくるので、必ずしも万人向けだとは思えない作りだとは思いますが、一度その世界に入り込んでしまうと、終演まで舞台に釘付けになって離さない力を持っている作品だと思います。