NYLON100℃「わが闇」@本多劇場

(あらすじ)
31年前に小説家の父を始め、母と三人の姉妹と、父の書生の一家が、人口1000人に満たない村に引っ越してきた。
長女は10歳で小説家としてデビューを果たし、世間から注目を受ける。そのせいか父は長女の文学的才能を嫉妬し、親の愛情をもっぱら次女の注ぐ。
一方でもともと精神的に不安定だった母は、環境の変化のせいもあって、ちょっとしたことを引き金に、自らの命を絶ってしまう。

月日は流れ―舞台は2007年の冬。父のドキュメンタリームービーを制作するために2人の男が家にやってくる。そんな時、女優として活躍している三女が、番組をドタキャンし、その後行方不明になってしまったというニュースが、一家のもとに飛び込んでくる。
(感想)
今までずっと観たい観たいと思っていたのですが、なかなか機会に恵まれず、やっと今回始めて観ることのできたナイロンの公演。いろいろと上演時間についての噂は聞いていたので、もしかしたら2幕になるのかなとは思ってはいたのですが、それでも上演予定時間が休憩込みで3時間15分というのを最初に観た時にはさすがに最後まで起きていられるのかという不安を全く感じなかったいえば嘘になります。ただ、周囲の方は平然としたもので、世間的にはこれくらいの時間は当たり前と認知されているということなのでしょうか?
その上演時間ですが、結論からいうとびっくりするくらいその長さを感じることがなかったです。作品そのものがすっと体に染み込んでいくような感じがして、とても観やすい作品だったと思います。その理由はいろいろとあるかと思うのですが、まずは映像や照明を駆使しながら、作品そのものがたいへん上手く組み立てられているということ。1幕と2幕の時間配分が、1時間50分と1時間15分だったのですが、序盤に映像や語りを上手く駆使して31年前の回想シーンがモノローグとして組み込まれているので、1幕を長短2つのパートに分けているので、長い作品にも関わらず、舞台がほとんどたるむことなく進行していきます。もちろん作品の組立てだけでなくセリフや断片の一つ一つも楽しめます。
観ている最中は話が大きく動きそうに見えて、まるでそれを意図的に避けるかのように展開していくので、ちょっと刺激が少ないとさえ感じてしまうのですが、あとからじわじわとやってくるのは、作品と登場人物の感情の色が1色に染まることなく、さまざまな感情の濃淡が繊細なタッチで描かれているからだと思います。三姉妹が仲良く手を取り合って終る1幕の最後。一見明るく幸せそうなのですが、三人の間の感情の微妙なヒビや高圧的で小心者の次女の夫の存在が暗く差し込んでいて、その明るさの中に危うさを感じます。そしてその2幕では長女の目が近い将来見えなくなるといった事実が発覚し、一転その暗さが舞台全体を覆うように見せかけて、あくまでも現実のできごとのように地に足をつけて作品が進んでいきます。この作品を観ていると、悲劇に転落したり、全てが解決してハッピーエンドに終る事も、全く予想外のシュールな展開もこの作品の着地点としては安易なもののように感じます。
話や演出だけでなく、もちろん役者さんも、一人一人がきっちりと印象に残る演技で素晴らしかったです。三女役の坂井真紀さんを始め客演の方も良かったのですが、私個人は劇団の皆さんのがんばりが目に付きました。長女役の犬山イヌコさんは大人びた少女とその子供がそのまま大人になったという女性像を鮮やかに演じています。才能に溢れてして、どんな時にも強く冷静、けど父の愛情を求めたり誰かに頼りたいする、その弱さがふとしたきっかけで見えるところが良かったです。
次女の夫役のみのすけさんは、作中唯一ともいえる根っ子から嫌な男を演じていて、抜群の存在感。この役どころ、嫌な奴というのと同時にどうしようもないくらい「弱い」という所がいい味になっています。
映画の製作スタッフ役の大倉孝二さん。おバカキャラ全開で事実上一人で笑いを持って行っていましたが、「ここまでやったら客が引く」というラインのギリギリまで行っているのに、そこを踏み越えないあたりは本当に大したもの。純粋な演技の上手さだけでなく、カンがものすごくいい役者さんなんだろうと思います。
その他にこの文章で取り上げていない役者さんもそれぞれが素晴らしかったです。こういう公演を観ると、これだから観劇っていいよなと思います。