劇団、本谷有希子「偏路」@紀伊国屋ホール

(あらすじ)
父親と一緒に亡くなった祖母の実家にやって来た、女性・若月。彼女は、東京で9年間演劇をやっているが、いまだに目が出ない。そんな彼女は自分から実家にやって来たのに思いっきりよそよそしいし、そもそも実家の叔母たち一家のようなハートフルな雰囲気が嫌いで本来なら実家には近寄らなかったはず。本人は祖母へのお参りと言っているが。
実は彼女にはここに来ざるを得ない事情があったのだ。

「お父さん、あのね、実は私都落ちしたいの…。」
(感想)
作中で、主人公の若月が「ハートフル」といっている通りのぬるま湯な家庭が作品のスタート地点のせいか、冒頭はゆったりとした感じで、ぬるま湯独特のまどろっこしささえあったのですが、そんなハートフルな家庭の中身が一つ暴露されていくごとに「えっ、こんなとこに」という転がり方を見せてくれて俄然面白くなってきます。一見、場所や話も落ち着いてくるのかなと思う場面も所々にはあるのですが、それでも転がっていくので、作品がどこに落ちていくかが最後まで全く予想が付かないので、観ている側は最後まで気を抜くことができません。「実際の日常のやりとりでもこんなこと言ってる」というセリフのやり取りのリアルさと、「こんな事言い切っちゃっていいの」っていう部分をズバリと言い切ってしまう歯切れのよさとのバランスが絶妙なので、会話のテンポがものすごく心地がいい。そういったこともあって軽妙で小気味がいいので、観ていて純粋に楽しいです。
役者さんの方は、一人一人の役者さんと配役がいい意味でマッチしていて「キャラが立っている」と言った印象を受けました。若月役の馬渕英俚可さんは、正直抜群に上手いという感じはしないのですが、ややヒステリックな役柄がはまってして、なかなかいいキャスティング。他の役者さんも好きだったのですけど、個人的に興味深かったのは、私の観た舞台ではカッコイイけど面白いといった役が多い加藤啓さんがカッコ良さのかけらもない役を演じていたこと。始めて見たのですが、これはこれでなかなか良かったです。
観ていて面白い作品だったのですが、個人的には素晴らしいというところまで行かなかったのは、ちょっと気になってしまった点が二点あったため。一点目は、作品が場面転換していくつなぎの部分がやや唐突に感じてしまった点。そのため、作品が本来バラバラだったつぎはぎをつなぎ合わせた印象を受けてしまい、まとまりが悪く感じました。そしてもう一点は最初の一点目が原因なのですが、作品がつぎはぎな印象のせいか、登場人物達の感情がその場限りの一過性のもので、物語の積み重なりほどには蓄積していかないように感じられたこと。そのため、一人一人の登場人物が薄っぺらくなってしまう場面が出てしまったり、若月が何故演劇を諦める結果になってしまったのか、それが自分の中ではきちんと腑に落ちてはくれませんでした。ただ全くの蛇足にはなりますが、若月には共感できませんでしたけど、近藤芳正さん演じる父親、宗生が、予想外の展開にキレて「何でこうなるんだ」とばかりに、障子に手を突っ込んで「フ○ッキン」を連発するシーンにはこれ以上ないくらい共感して、やってる途中に思わず「オレも仲間に入れてくれ」と叫びそうになってしまいました。
自分の中では、ややマイナスポイントがあったので傑作とまでは思いませんが、自分の世界をしっかりと作りあげていて、随所に上手さを感じさせてくれる舞台だったと思います。いい意味で観る側を裏切ってくれましたし、少なくても2時間楽しい時間を過ごすことができました。