グリング「Get Back!」@ザ・スズナリ

(あらすじ―公式サイトより)
舞台は、山間部にある民泊施設。
都会を捨て、ロハス的な生活に憧れる人々が集う宿。
雪がもうすぐ降ろうという頃、とあるグループが宿を訪れた。
女が2人に男が1人。
彼女らの訪れは、やがて、おだやかな日々を壊していく。
「純粋な目的で集まっていた集団が、内部から崩壊していく姿」を描く、
青木豪、約一年ぶりの新作公演。

冒頭からいきなり話に引き込まれてしまい、気が付いたらここが下北沢ということや、時間がどれくらい過ぎたのかを忘れてしまったのは役者さん一人一人に力があるからだろうと思います。特に片桐はいりさん演じる漫画の原作者と、萩原利映さん演じる作画家との関係は脚本の良さもあって鮮やか。片桐さんも圧倒的な存在感があってよかったのですが、今回は押されながらもそれを受け止めきった萩原さんのがんばりのお陰で、この作品がかなり良くなったと思います。この2人の関係性を描き切れたというだけでも、この作品観る価値があったと思いますが、周囲を固める役者さんも自分の配役をわきまえながらも、存在感がきちんと出しきっていて、この作品には「脇役」と呼ばれている役者さんは存在しないのではないかと思います。個人的には、愛すべきダメ男の役の村木仁さん、演技のトーンは変わらないのに段々と女の怖さを見せてゆく遠藤留奈さんの演技はけっこうツボでした。
上演後に脚本を読んだのですが、読み物として捕らえた場合、正直舞台ほど面白くないという印象。ただ、声に出して読むとこれが俄然面白くなってくるという点が、この作品の素晴らしい部分とちょっと問題のある部分とを象徴しているのではないかと思います。セリフがリアルで観ている最中は役者さんたちの会話に引き込まれていき観終わった直後にとても充実感が残る一方、興奮が醒めて冷静な目で、作品をもう一度振り返ると描ききれていない部分に消化不良を感じてしまうのは否めません。例えば、中野英樹さん演じるアシスタントが2人の板ばさみにあって心が壊れてしまうシーンも何か唐突に感じましたし、萩原さん演じる作画家も何故自分で原作を考えないでずっと受身なのか充分に説明付けができていないので、片桐さんとの関係の描き方が素晴らしいと思いながらも、最後の一線でどこかすっきりとしない部分を残してしまったように感じました。
けど、そうはいっても脚本そのものもなかなかの出来だとおもいますし、脚本の問題点も役者さんの演技と青木豪さんの演出の上手さでかなりの部分はカバーできています。グリングの作品を観るといつも思うのですが、セリフとセルフの間の作り方がホントに上手い!脚本に書かれていない沈黙やしぐさなどが、妙に心地よかったり、言葉以上に雄弁な意味を作り出しています。
個人的には私が今まで拝見させていただいた彼らの公演(「虹」、「ヒトガタ」)の中では一番好きな作品です。観終わって家に帰ってこの感想を書くために「Get back」という熟語を辞書を引いてみると、「戻る」という意味のほかに「取り戻す」という意味があったのをすっかり忘れていたことに気がつきました。「戻れ!」といいながら時間を巻き戻すことも、この作品の漫画の原作者と作画家という関係に象徴される人と人との関係を修復することは出来ないということの痛みを、この作品で観ていると強く感じてしまいます。それでもそんなビターな結末なのに観終わったあとに作品にどこか希望を感じるのは、大きな犠牲を払いながらも、2人が何か大切なものを「取り返した」ように感じるからなのでしょう。