パラドックス定数「東京裁判」@Pit北/区域

東京裁判とは―公演当日のチラシより
正式には「極東国際軍事裁判」。起訴日は昭和21年4月29日。
占領軍の統治機関であるマッカーサー司令部が作成した「極東国際軍事裁判条例」に基づき、戦争犯罪人が起訴された。
起訴されたのは、いわゆる「A級戦犯」と呼ばれる戦争責任者達。東条英機元首相を筆頭に荒木貞夫(元陸軍大臣)、廣田弘毅(近衛内閣大臣)、重光葵(外務大臣)ら、その数28名。
開廷日は終戦から9ヵ月後の昭和21年5月3日。東京、市ヶ谷の旧陸軍士官学校の大講堂が法廷に使用された。

(感想)
大学時代に日本史を専攻していた身としては、個人的にはとても興味深いこのテーマを野木萌葱さんが脚本で取り上げてくれる。この何とも難しくデリケートな題材に、真っ向から対峙できそうな数少ない若手劇作家だということもあって今回の公演はとても楽しみにしていました。
舞台は吹き抜けの2Fの建物の1Fにテーブルがありそこに書類やらメモの山が置かれたシンプルなセット。私は2Fの傍聴席での観劇。最初は手すりが邪魔だったり舞台を見下すという感じに慣れていなかったこともあって大丈夫かなと心配していたのですが、始まってみるとそれも杞憂でした。舞台がかなり立体的に観られているということを意識して作られていて、場が変わるごとに役者さんたちが立ち上がるシーンはまるでカメラのレンズを通して見ているように役者さんの距離がグッとこちらに寄ってくる感じがしてして効果的。弁護士役の役者さんたちの書類のやり取りや弁論中に殴り書きしたメモを手渡しするシーンなんかは抜群の臨場感。役者さん達は上から横から見られて気が抜けなくて大変だっただろうと思います。下の席で観ているとどんな光景になるのかが公演後もとても気になります。(最終日でなければそっちからも観たくてもう一回観たかも。)
だからという訳ではないのですが、所々にユーモアを交えながらも緊張感のあるいい作品に仕上がっています。前回公演の「プライベートジョーク」の時には舞台が外国ということもあって役者さんが完全に「役」を演じきらずに「個」の部分を残してしまった演技や演出に疑問を感じたのですが、今回の公演に関してはこれがもの凄くいい方向に出ています。それによって史実かフィクションかとかいった部分を超越した紙の上ではなく実際に血の通った人間の息遣いを強烈に感じる作品になっています。そして舞台に登場しているのは5人の弁護士だけなのですけど、彼らの会話だけで検察官や裁判官、記者、被告人達の存在まで舞台上に浮かび上がらせていく脚本も、どうやったらこんな脚本を書けるのかと聞きたくなるくらい素晴らしく、観終わった後に息苦しくなるくらいまで見入ってしまいました。
作品自体は大変良くできていたと思いましたが、ちょっとだけ気になったのが、作品の取り上げられ方。おそらくこの作品は開廷当日、日本側の弁護団が裁判の法的根拠の薄弱さを追求した動議を提出したその「一地点」を戯曲化したかっただけなのだろうかと思います。何故ならこのシーンが史実でもとても「劇的」な場面なので。ただ、この舞台を観ている限り、これがダイジェストだとか象徴するシーンだとかといった感じで、東京裁判の「全体」を語っているのだという誤解を受け取られかねない危険性があるように感じられました。その辺については舞台を観た人の受け止め方の自由だと言われると、全くその通りなのですが。
そうはいってもこの題材を戯曲化してここまで見ごたえのある作品にしたのは本当にすごいこと。もしネタでなく実話だとしたら、この作品ができるきっかけになった、案内に書かれている野木さんに「東京裁判が見たいんです」と言った美女に、私からも心から感謝したいです。