五反田団+演劇計画2007「生きてるものはいないのか」@こまばアゴラ劇場

(あらすじ)
茶店での男一人と女二人の会話。一人の女は彼と結婚したがっていて、もう一人の女は結婚したくはないけど、妊娠していて子供のために養育費を要求している。この状況に男はうろたえるばかりで、場の雰囲気も全く読めずに見事に役に立たない。
一方、大学の同級生たちの会話。ゼミのことや先輩の結婚式の出し物を何にしようか話し合ったりしている。そんな中話題になる一つの都市伝説。自分達の大学の地下室で米軍が致死性のウィルスを開発しているというという何の根拠もない噂。
そんな日常のひと時、彼らはそのあと起こることを全く予想できなかった。原因不明で全ての人々が突然死に絶えてしまう出来事のことを。
(感想)
日常の何気ない会話に肩の力を抜きまくった演技。その会話の絶妙なズラし加減が生み出す面白さは、いつもの五反田団の公演通りの面白さ。ただ、いつもとちょっと違うのが、出演する役者さんが17人という大人数なのと、あっけない位に次々と人が死んでしまうシーンばかりだということ。これだけ多くの役者さんが出ているにも関わらず、終演後にキャスト表を見ていると「ああ、この人こんなことやっていたよ」とはっきりと思い出せる脚本と役作りの妙はお見事のひとこと。この作品、死の前の生については最低限でいかに死んでいくかに重きを置いて作られているのですが、死の前の最後の一言を言いそびれたり、どさくさまぎれに「つきあってくれと」いって秒速でふられてみたり、自分の歌をアカペラで入れたカセット(曲目はフラッシュダンスのテーマとマイムマイム)を人に送って迷惑がられたり・・・etc。まあいろんなことをよくもまあ考えるもんだなと、感心したり、笑ったりしてしまいました。死という物を扱っているのに、ここまでエグさのないサラリとした笑いを作れるというのはある意味ものすごい才能です。
この作品の性質上、役者さんが死んでいく演技というのがそれぞれの役者さん達の最大の見せ場なのですが、直前のセリフだけでなく、動作もそれぞれの役者さんで体の使い方がそれぞれ違っていて、同じ死ぬシーンを演じていてもこんなに違うのかということが一つの驚きでした。
ただ、2時間弱の間に死ぬシーンが16回。そうは言っても途中の方は流石にやや食傷気味。沢山の人間が「またか」と思ってしまう位、あっけなく無造作に死んでいくことを表現することには、これ以上ない位成功しているとは思いますが、死んでいる役者さんによっては舞台の上で息も整わないうちに、「死んでる・・・」と言われて芝居が先に進んでいくのを観ていると、この作品に17人という出演者は果たして適切なのだろうか、金を払って役者さん達の死ぬ稽古を見せられているだけなのではないかという、何か釈然としないものも。気になってちょっと今回の舞台の演目やキャスティングの経緯を調べてみると、役者さんを育てるという側面も確かにあるようで、なるほどと納得のできる部分も。役者さんの中にはなかなか印象に残るいい役者さんも多かったので、逆にもうちょっと人数を絞るか、出演シーンのバランスを変えるかして、特定の配役や役者さんをもうちょっとじっくり見せてもらいたかったと思います。
前田司郎さんの脚本・演出ですし、役者さんのレベルも悪くないので確かに面白い、けど何ともつかみどころのない、そんな気がした作品でした。ただ、生きるという事がそういう何ともつかみどころのない所で成立していると言われてしまうと全くその通りだと思うのですけど・・・。