阿佐ヶ谷スパイダース「少女とガソリン」@ザ・スズナリ

(あらすじ)
ものさびれて普通の人が寄り付かなくなってしまった酒場が舞台。そこの主人や常連は、かっては酒造メーカーの人間だったが、町の景観美化と大型のリゾートマンションが出来た煽りを受けて潰されてしまう。
そんな彼等の数少ない希望は、酒造所をいつか再建したいという根拠のない夢と、アイドル歌手・リポリンの歌のみ。
明後日にリゾートマンションのオープニングセレモニーがあり、何とかしてそれを阻止したいと思っていた彼等だが、そのセレモニーになんとミポリンがやってきて、彼等のにっくき敵のために歌うという。そんな状況に途方に暮れる彼等の前に、何故かリポリンと彼女のマネージャーがやってきたことから、彼等は彼女達に明後日、歌うのをやめてもらおうとするのだが・・・。
(感想)
ただでさえ彼等から観たら小さい会場にギリギリまで詰め込んで、始まるまでは果たしてそこまでしてこの会場でやる意味はあるのだろうかと疑問に感じていました。ただ、実際に始まってみると、客席の中央を空けてそこを役者さんが往復するのを始めとした舞台の使い方や、大仰でややレトロなセリフ回しなど、小劇場で演劇を行うということを強烈に意識した作品作りになっています。実際に拝見したことはないのですが、かって小劇場で行われたアングラ作品というのは、おそらくこの作品のような無軌道なパワーや、人口密度の濃い場所特有の人間の熱気というものがあったのだろうな、ということを想像しながら観させてもらいました。
そんな濃密でエネルギッシュだけど、どこかよどんだ感じのする会場の空気を作りだしたのは、長塚圭史さんの描く作品世界を巧みに反映させた会場作りと、それぞれの魅力全開の役者さん達による所が大きく、冒頭から抜群に面白かったです。特に、松村武さん、池田鉄洋さん、中村まことさんの男臭さ全開の3人の絡みは見応えが充分。客演とは思えない息の合い方です。この3人を筆頭にいい年した男達が大真面目にアイドルの歌を振り付きで熱唱する姿は、その絶妙な下手さ加減もあって爆笑もの。これを観れただけでも行ってよかったと思います。
その他で目についた役者さんは、アイドル・リポリン役の下宮里穂子さん。コユい役者さん達がコユい演技をしている中で、実は作品の1番中心に居て残りの人間が周囲で暴れ回っているという作品の構造で、ここがブレると作品としての面白みが一気に落ちてしまうという難しい配役。そんな微妙な役柄をきっちりと演じています。
全体的にとても面白かったのですが、個人的には抜群に素晴らしい前半に比べて、後半がほんのちょっとだけ落ちた印象があります。それは、原因は2時間半という上演時間よりも、むしろ前半のユルめで濃厚な空気を引きずってしまい、暴走しコントロールのつかず転落していく部分で上手くギアの切り替えがし切れていないように感じたからという部分が大きかったように感じます。そのため、チェンソーで腕を切られたりなど、結構ショッキングな絵が多いにも関わらず、傷つけられた側の痛みや、傷つけた側の狂気がボヤけた感じがしました。もしかしたら、まるで痛覚が麻痺したかの様な感覚を狙っての演出なのかもしれませんが、一つ一つの点の部分の説得力は強烈な反面、それをつなぐ線の部分がやや弱い印象を受けました。
ただ、そうはいってもその点のシーンの面白さだけでも充分見応えはありますし、ここまで濃密な空間の中に居て、そこで実力派揃いの役者さんの演技を近くで観れただけでもとても満足できる作品でした。劇中の皆さんのあまりの酒の飲みっぷりの素晴らしさに、観終わった後に久々に下北沢で酒が飲みたくなってしまいました。