新国立劇場演劇「エンジョイ」@新国立劇場小劇場

(あらすじ)
30を過ぎてフリーターとして漫画喫茶で働く男3人組。彼等の中の1人が、新しく入ってきた新卒の女の子と付き合うことになり、やがて別れてしまい、彼女は同じ職場の20代後半の男と付き合うことになるまでの話し。
彼の恋愛の話しを中心に、彼の周囲の人間を通じて、現在のフリーターの意識や彼等を取り巻く環境や問題点などが描かれている(と思う。)
(感想)
今年私が演劇にハマってしまうきっかけになった作品の1つがチェルフィッチュの「三月の5日間」だったので、今回の岡田利規さんの新作が新国立劇場で上演されるという話しを聞いた時には早くからとても楽しみでした。
本作で題材になっているのは本来なら30過ぎのフリーターの恋愛の話しがメインなのですけど、この作品では主人公であるべきフリーターの「ミズノ」君は結局最後まで登場しません。彼の職場の同僚や彼女、別れた元彼女や、高校時代の同級生など、彼を取り巻くさまざまな人物に彼のことを語らせることにより、1人の人物の人物像と彼を取り巻く環境や意識といったものが鮮やかに描かれています。ダラダラと描かれているように見える会話の中で、巧みにすりかえられる人称や時間、そしてその独特ともいえる体の使い方は、以前チェルフィッチュの公演を観たときには良く分からないけど何だか凄いと思ってものが、実はものすごく考えこまれ、作りこまれた上に成り立っているということだけは良く分かります。ストーリーこそ全く違いますけど、手法そのものはチェルフィッチュの作品の延長線上で、それがより洗練され深化された印象を受けます。何気ないセリフをちょっとでも聞き逃すとストーリーを追いかけ切れなくなったりさりげない身振りの中に軽く扱えない意味が含まれていたりするので、最初から最後まで気を抜いて観ることができず、観終わった後には心身ともにかなりヘトヘトになりました。その張り詰めた舞台を素直に素晴らしいと思いながらも、一方で途中で「必然性があってやってるのは分かるんだけど、それでもなんでこんな持って回った表現方法を選ぶんだ」って泣きを入れそうになってしまった部分もありました。
個人的な感想としては、作品のクオリティ自体は文句無く高いと思うのですけど、中盤から後半に掛けてもうちょっと肩の力が抜ける部分や突き抜ける所が欲しかったように感じます。「三月の5日間」と比較すると新国立劇場とライブハウスという会場の違いもあったでしょうし、客層の差もあったのかもしれませんけど、どこか息苦しいというかよそよそしいというか、上手く表現できないのですけど、そんな部分があるように見受けられました。
この作品は4幕構成になっていて、最後の第4幕ではミズノ君を振った彼女が新しい彼氏と付き合っているシーンになります。そのシーンで2人が「私達プラトニックです」とか言われても、「三月の5日間」で散々やりまくるカップルを描いた後では、「そりゃあ、あまりにも説得力なさすぎなんじゃないの?」って、観ている途中で思わず突っ込みそうになりました。新国立ということで目に見えない枷とか入ってしまったのでしょうか?作品そのものの評価とは全く関係がないのですけど・・・。
この作品によってフリーターの姿を描ききっているとはとても思えませんし、そこで描かれている岡田さんのフリーター観というのが、どこか本で読んだことや人から聞いたことをそのまま引っ張ってきて、自分の中できちんと消化しきれていないような感覚をぬぐう事は最後まで出来ませんでした。とはいっても再三書いているように作品としては素晴らしいと思いますし、正社員がフリーターを見下し、そのフリーターの間でも20代中盤の彼等が、30過ぎの彼等を「いい年になって定職にも就かずに」と見下す。こういった労働の質ではなく仕事上の立場や身分によって相手を差別する構造、そして使用する側から見たら、彼等の意識など問題なくしょせんは同じ、必要な時に消費されるだけの存在にしか過ぎないこと。そしてそれに抗う事もなく刹那的にただ流されていく劇中の彼等の姿は、まるで理解する事を拒むかのような掴みどころのなさを感じた部分などについては、とても良く描かれていました。
そんな劇中の彼等の姿を見ていると、現在社会の真理にはやや遠くても、すくなくても一理についてはきちんと描き切られているように感じました。