燐光群「チェックポイント黒点島」@ザ・スズナリ

(あらすじ)
対馬尖閣諸島と沖縄のちょうど真ん中付近を、太陽の黒点を調査するために航行している夫妻の前に、地震とともに現われたとても小さな島。彼等はその島にベルリンの壁があったころのドイツの検問所〜チェックポイントチャーリー〜そっくりな観測所を作りそこを黒点島と名づけ、そこで黒点観測を続ける。その島は表れた場所のために彼等の思惑を無視して、近隣諸国の国境問題の新たな火種となる。
その頃、東京では今はエッセイストとしての方が知っているひとの多い、しばらく新作を書かなくなってしまった漫画家がいた。彼女は、チェックポイントチャーリーを題材にした小さな島について書いた漫画「チェックポイント黒点島」の作者だったのだった。
そしてもう1つ、そこは夢とも漫画の中ともつかない世界。「チェックポイント黒点島」の熱狂的ファンの主婦が訳も分からず突然放り込まれた場所。そこはなぜか、チェックポイントチャーリーにそっくの場所。自分の状況が分からず戸惑う主婦。
現実と夢と作品の世界とが交差し混然となった舞台に登場する3人の女性。彼女達はいずれも「ヒロコ」というのだった。
(感想)
どんなストーリーだったかなと想い出しながら、あらすじを書いていているのですけど、これだけ書きにくいなと感じたことは滅多にありません。自分の表現力の不足を棚に上げて言わせてもらいますと、それだけ複雑な劇構造を持った作品だったということです。現実と作品の世界が絡み合って境界があやふやになっていく感じというのは、当日いただいた公演の案内に書かれている通り、村上春樹さんの「世界の終わりとハードボイルドワンダー・ランド」の世界に近いものがあります。ただ、あまりに的を射ていたので、そのイメージに引っ張られてすぎたイメージで観てしまったことについては、少し先入観を持ちすぎたなと、反省しています。
そんな複雑な世界を表現する舞台に登場する大きなセットは「チェックポイントチャーリー」を模したコンテナ型の建物のみ。ただ、それがさまざまな小道具や役者さん達や場面の組み合わせによって、ものすごく多くの世界を作り出しています。この建物が物語の世界に一本の強い芯を作り出してくれるのと同時に、私達のイメージの世界の幅を広げてくれます。舞台という限られた不自由な空間だからこそ出来る、演劇ならではの面白さというのを存分に見せてくれた舞台でした。ただ、場面ごとの切り替えが全て暗転の中で行われていたのですけど、その時間がトータルするとかなりの長さになり、観ていて随分とストレスを感じました。上演時間が全体で2時間15分位だったのですけど、本来は2時間の内容のものが、暗転の時間の分だけ長くなっているような気がします。
物語の方も、もっとストレートに社会的なメッセージを盛り込むのかと思ってのですけど、所々遠まわしだったり、寓話的だったりするシーンを盛り込みながら、実に様々な要素の入った作品だったと思います。実にさまざまざことを観ている人に考えさせてくれる一方で、その分、脚本を担当されている坂手洋二さんが作品のなかでこれだけは伝えたかったという部分がぼやけたように感じます。純粋なエンターテイメント作品だったらこれでいいのでしょうけど…。ただ、作品の随所で見られる風刺的なセリフには、研ぎ澄まされたユーモアセンスと同時に、批評眼の鋭さと深さと強烈な皮肉とが込められていて、この辺は社会派と評されている一端なのかなと思いながら観ていました。
作品の組立てや世界観で、特に面白いなと思ったのが、国境線という「線」をまたぐためには、「チェックポイント」というどこにも属していない概念としての「点」が必要だという部分です。考えてみたら「点」って厳密に言うと本来存在しないものですし、チェック「ポイント」いうのは確かに「点」のような2つの世界のどちらにも属してしない、けどそこを通過しないと隣あった世界を往復することが出来ないというのは言われてみればその通りです。「ただ、確かにその通りだけど、一方では存在しない概念であるということは、国境線が何故引かれているのかという根本的な問題を棚上げしてしまうことになるだけでは?」と思っていたら、再度の地震により島が大陸になる(「点」が「面」なる)というクライマックスには唸りました。地殻の変動で島と大陸の時期が交互に訪れてるという、まるで島自体がどこの国のモノにもなることを拒否するというシーンに坂手さんのベルリンの壁についての考え方の一端が込められているようなくがしましたし、観ていて痛快なシーンでもありました。
役者さんの演技の部分では、竹下景子さんの円熟味とキャリアを感じさせない若々しさとが兼備された演技も良かったのですけど、個人的には渡辺美佐子さんの演技がものすごく良かったです。さりげない一つ一つのセリフや演技の中にもどこかにしっかりと引っかかりを残す演技にはキャリアを重ねたからこそ出る説得力を感じました。
自分が勝手に感じていたイメージとは少し違いましたし、暗転などの切れ目の部分や物語のつかみどころのなさに、少しストレスを感じた部分もありますけど、とても複雑に組み立てられて練りこまれた作品で、観終わったあとに充分な満足感が得られました。