ハイバイ「無外流 津川吾郎」@渋谷ギャラリールデコ5階

(あらすじ)
会社を定年退職して間もない一人のさえない男・内田。家にいてもどこか馴染めない彼は、囲碁会所で津川吾郎と名乗る老人と偶然出会う。津川は90歳に届くとは思えない元気な老人で、彼の話しによると、江戸時代から続く無外流という剣術の達人らしい。
きまぐれだけどどこか自由で、かつ只者ではない雰囲気を漂わせる津川に、内田は自分にないものを感じ、行動をともにすることになる。
そんなある日、2人が行った喫茶店で、一組のカップルが別れ話になり、男が女に乱暴を働こうとするのを見かける。心の中では何とかしたいと思いながらも、男に怯えてしまって見てみぬふりをする内田は、剣術の達人の津川に期待するのだが…。
(感想)
アフタートークで脚本・演出を担当した岩井秀人さんが「演劇であるということを前提にしたお芝居です」というようなことを言っていたのですけど、観終わった後に全く同感だなと思いました。主人公の津川老人も服装こそそれらしい格好をしているのですけど、顔の方はメイクの変わりにマジックでシワを書いているだけ。それで「ストーリー上は90前の老人ってことになっているんで、お客さんもそういう事で観てください」といわんばかりに押し通そうとするのですから、普通の劇団がやったら、ただの自己満足で観客を馬鹿にしたような作品になってしまう可能性が大だと思います。ただ、この劇団の場合それを訳の分からない説得力と面白さとに転化させてしまうのですから只者ではありません。演劇をやっているということを前面に押し出していることと、演劇の中で演じられる日常の会話がものすごくリアルであるということ、その両面が共存しているからこその面白さだと思います。
この舞台は、内田と津川が2人で会うシーン、内田の家庭のシーン、喫茶店カップルの喧嘩に2人が出くわすシーン、内田の息子の所属する劇団が稽古するシーンなど、さまざまなシーンが登場します。一見、そういった日常のシーンが大した脈絡もなくダラダラと演じられているように見えて、気が付いたらなんとなくキレイな一本の線になっているところにも、岩井さんの構成力の非凡さを感じました。特に舞台の途中に、内田の息子が自分たちの家庭で起こった出来事を劇中劇で演じるシーンがあります。そこで演じられる日常生活の会話と、それを再現して劇中劇で演じている会話というのは基本てきには全く同じなのですけど、会話の間とか微妙なセリフの読み方や体のしぐさで、その違いを微妙に演じ分けているのが何とも面白かったです。脚本の上手さだけでなく、それをきっちり演じ分けている良く鍛えられた演技も印象的でした。
公演を全体的に観て感じたのが、会話のやり取りや言葉選びが、一見さりげないように見えてものすごくいいセンスをしているなということです。このままどこまでもグダグダ感を残しながら日常を切り取っていくのか、それとも洗練された口語劇を行っていくのか分かりませんけど、本当にこれからが楽しみな劇団の公演を観る事ができたなと思います。