Innocence Sphere「ミライキ」@シアタートラム

何となく面白そうだという軽い気持ちで行ったのですけど、自分のノリとは裏腹に、内容的にはもの凄くヘビーな社会派ドラマでした。アフタートークも含めていろいろな事を考えさせてくれました。
(あらすじ)
自分のことを聖徳太子の生まれ変わりだと名乗る男が、職務質問中の巡査を人質に取り寺に立てこもるという事件が起こった。犯人の男は、以前殺人事件の犯人として起訴されたが、精神鑑定の結果、責任能力がないということで釈放された人物だった。
事件を解決すべく出動する警察。そのなかに、犯人の男と獄中結婚した精神科医の姉を持つ、エリート警察官の妹がおり、彼女は捜査のメンバーから外されてしまうのだった。
それぞれの立場の人間が深い痛みや苦悩を抱えながらも、最善の道を探そうとして、もがきながら対立しながらも、前に進もうとする姿を描いた物語。
果たして事件の行方はどうなるのだろうか?そして、そんな彼等に救いと再生の日々は訪れるのだろうか?
(感想)
最初の20〜30分位は主に物語の背景や人間関係が描かれているのですけど、その部分については絵の作り方が面白いなあと、何となく思った程度で、それほど強い印象はなかったです。正直、見せ方のバリエーションが多い割には、舞台をフルに使いこなせていない印象や、煩雑で登場人物の人物像や、役者さんの個性がうまく生かされきっていないようにさえ感じました。ただ、人間関係や張りめぐらせれた伏線が、後半以降見事なくらい生きてきます。
この物語の根底にあるテーマとして、マスコミの報道姿勢やそれを見る私達の問題や、心を病んでしまった人に対する偏見の問題などがあるのですけど、それが一方向からではなく様々な人物からの視線から語られているので、物語にものすごく説得力がありました。過去の事件から何とか立ち直り、何とかきちんとした社会生活を送ろうと悪戦苦闘したすえに破綻してしまった心を病んだ犯人とその妻。大切なものを奪われたにも関わらず、奪ったものが裁かれることがないという現状に、やり場のない憤りを感じる被害者とその遺族達。そして、その事件を必要以上の執拗さで追求するマスコミ。被害者の側の気持ちも、加害者の側の気持ちも痛いほど伝わってきます。ただ、彼等のどちらの言っている事が正しいのかということについて考えた時、行き着くのは「イエス」と「ノー」、「善」と「悪」といった二元論では語ることのできない部分が確かに存在しているということです。
脚本家の西森英行さんがこの物語で伝えたかったことが、この多面的かつ重層的なストーリーの組立てかたによって、より一層伝わってきました。物語自体も、一方向から見ていた時に見えていたものが、別の方向から見ることによって、前半から中盤にかけて積み上げられてきた物語が、後半全く違った真相を描きだしていったのには圧巻でした。物語の前振りや、私達観る側の先入観を利用しつつ、それを逆手にとってひっくり返していくストーリー作りは、社会派ドラマとしてだけでなく、単純にエンターテイメントとしても面白かったです。
ただ、その分、犯人役の狩野和馬さん、その妻役の黒川深雪さん、客演で警察官役の今林久弥さん、ジャーナリスト役の盛隆二さんなど主要キャストを演じている方はそれなりの存在感をかもし出していましたけど、配役によっては果たして本当に必要なキャストなんだろうかと疑問を感じてしまう部分もありました。
あまり細かく論評できるほど芝居について詳しくないのでなんとも言えないのですけど、テクニック的な部分ではいろいろと問題のある部分ってあるのだろうなあとは思います。ただ、さまざまな問題に対して真正面から真摯に向いあって作ったお芝居だとはいうことはとても良く伝わってきましたし、自分なりにはその真摯さを受け止めて真剣に観させてもらうに値する作品だったと思います。
(アフタートーク
この作品の作・演出の西森英行さんと、元TBSの報道ディレクターで、現在市民メディアアドバイザーの下村健一さんとの対談形式に近い形で行われました。下村さんのマスコミに対するスタンスが西森さんの作品に少なからぬ影響を与えたという経緯から今回のアフタートークの運びとなったそうです。
今回の作品が池田小の生徒殺人事件の時に宅間守と獄中結婚した女性の話しがヒントになったことや、西森さんや下村さんのメディアについての考えかたなどについての話がありました。
劇中でも描かれていたように、世の中、腑に落ちない部分の方が遥かに多く、「whyに対して、becauseは必ずしもセットになっていない」と言う話しや、「本来物事には両面の見方があるはずなのに、自分たちにとってつじつまのあう都合のいい側面ばかり見てしまう」という話しには耳の痛いものを感じました。
この物語が作られた背景や、西森さんが作品を通じて描きたかったものが何であるかを理解する上で、とてもためになりましたし、報道する立場からの話しを聞けたという点でもとても興味深いものがありました。時間的には約30分位だったのですけど、あっという間でした。