沢木耕太郎「一号線を北上せよ」

再編集をしてしまったせいもあるかもしれませんけど、「深夜特急」を読んだ時のようなヒリヒリとした切迫感や、次に何が起こるか分からないスリル等といった部分があまり感じられず、個人的には今まで読んだ沢木耕太郎さんの本の中では一番ワクワクしたものを感じることができませんでした。
深夜特急の時と比較して沢木さんも年を重ねた部分があり、その分年齢相応の旅をしているのはもちろんあるかとは思います。ただ、結局は以前Coyoteの「深夜特急」の特集号を読んだ時に感じた、「旅に対する価値観の変化から、沢木さん自身を以ってしても深夜特急のような作品を生み出すことができない」という思いが、この本を読むことで補完されてしまった結果になってしまいました。
初期と比較しても文章は洗練されていますし、旅そのものもスマートになっていますけど、自分の中ではそのスマートさがどこかしっくりこないのは、自分が読み手として求めているものと、書き手の沢木さんが読者に発信しようとしているものとが微妙にズレてしまっていて、そのことに私が勝手に違和感を感じているせいなのだろうかという気がします。この本を評価する時も、本来であれば「深夜特急」という作品と全く切り離して考えないと作品に対してアンフェアだといういうことは分かってはいるのですけど、どうも上手くそこから切り離して考えることが出来ない自分にもどかしさを感じてしまいます。裏を返せばそのことは、私の中で「深夜特急」という作品がそれだけ重要なウェートを占めている作品だということの証でもあるのでしょうけど。
自分がこの本で一番面白かったのが、ロバート・キャパの墓を探しにある街に出掛けようとしたら、全く違った場所に連れていかれてさんざんな目にあったエピソードでしょうか。そう考えるとやっぱり、私はこの作品の中に、予期しないハプニングや、理由もないなにかに駆り立てられていく切迫感や、何でもみてやろというむき出しになった好奇心、といったものを求めていたんだろうと思います。読み手としての自分の甘さに少し考えさせられるものがありました。
isbn:4062752719:detail