劇団、本谷有希子(アウエー)「密室彼女」@ザ・スズナリ

先日観に行った劇団、本谷有希子の公演の感想について書いてみたいと思います。参考になればと思い、公演を見終わった後に公演の時もらった乙一さんのプロットが掲載された冊子と、本谷さんと乙一さんの対談が載っている今月発売の「STUDIO VOICE」を読んだのですけど、乙一さんのプロットがどういう化学反応を起こして今回のお芝居へと変化していったのかそのプロセスですとか、何げないと思っていたセリフの中に実は深い意図が込められていたことなどが分かって、結構面白かったです。
脚本家や演出家としてももちろんそうなのですけど、今回の公演のさまざまな仕掛けを見ていると、実は本谷さんというのはプロデューサーとしてもの凄くシャープなセンスを持ち主なのではないだろうか、と思いました。

(あらすじ)
会場が真っ暗になり、エッジの利いたジャズが流れるオープニング。明かりがつくとそこには呆然としている一人の女性と、血まみれになって倒れている一人の男性がいる。どうやらそこはちょうどビルに囲まれていて谷間になっていて、間に隙間がないためどこに逃げ場がない場所になっているらしい。彼女はそこに自転車ごと落ちてしまったのだけど、幸か不幸か今一つビミョーなところではあるが、ほとんど大きなケガをすることなく助かったらしい。
けど、落ちたときのショックで頭を打ってしまったようで、自分が誰なのか、なぜこんな所に落ちてきてしまったのか、そのことが全く思い出せない。手がかりは、彼女の乗っていた自転車に書かれていた名前だけ……。
乙一さんのプロットをもとに繰り広げられる、不可解な空間の中で起こる、不思議で歪んだ物語。

(感想)
物語の序盤から中盤までは比較的淡々と大きな起伏がなく流れていくのですけど、間延びしそうな空気になると、照明の切り替えを上手く使ったヒロイン役の吉本菜穂子さんの独白のシーンが入ったり、例えが妙にリアルで生々しいセリフで笑わせてくれるシーンが入ったりします。微妙な言葉の使い方や舞台の緊迫感を壊さずにリズムを切り替えていくセンスは本当に絶妙なものがあるなあ、って思いました。
物語は二つのシーンが切り替わっていき交互に展開していくのですけど、吉本さんが出ずっぱりの状況でなし崩し的にシーンを変えることによって、置かれている状況のあやふやさを演出し、真相がどうなっていくのかという観る側の興味を最後まで引き付けます。
ストーリーの大枠は乙一さんのホラー寄りの小説に出てきそうな、どこか不可解で現実離れした場面設定とそこから全く予想外の方向へ落ちていく展開といった要素が含まれていて、いかにも乙一さんが原案を書いた作品だなあと思いました。そこに、本谷さんの作り上げた人物と原案に基づいたストーリーが入っていきます。本谷さんのお芝居では女の情念を上手く描いているものが多いという話しを聞いていたのですけど、今回登場する人物達は、確かにエキセントリックな部分というのが多々あるとは思いますけど、それよりも私のなかではどこか欠落した部分を抱えていて、その欠落した部分ゆえに起こる緊迫した人間関係や、そのバランスが崩れた時に起きる愛憎劇といった部分がうまく描かれているなあと思いました。そんな一人一人それぞれ違った欠落した部分を抱えた登場人物達を、吉本さんを始め、加藤啓さん、杉山彦々さんが三者三様で上手く演じて緊張感のあるいい舞台になっていたと思います。
舞台のあちこちで張りめぐらされた伏線が、最後にたった一つのセリフをキーに次々と真相が明らかになっていくラストには思わずうなってしまいました。