結城昌治「終着駅」

終戦後、東京で「ウニ三」という変なあだ名で呼ばれている男が変死したところからこの物語は始まります。警察での知人の彼に関する証言が続いたあと、そのなかの一人が身寄りのない「ウニ三」の位牌を引き取る事になります。ただ、その位牌を預かった男もまもなくあっけなく死んでしまい、また別の人間が彼の位牌を預かるのですけど、位牌を預かったものが何故か次々となくなってしまいます。そんな感じで本作はミステリータッチで描かれていきます。この作品はそうやって緻密に組み立てられた構成と、最後の以外な結末もいいのですけど、私個人は謎解きや物語の組み立てよりも、語りの巧妙さと終戦記の混沌とした時代を描ききった人間小説としての側面に強く惹かれました。
警察の供述書から始まって、手紙、独白、会話、噺家口調など、さまざまな語り口を使いわける技術というのは今読んでも「筆達者なひとだなあ」って心から思いますし、それによって描かれる登場人物達はアクが強く一癖ある人間ばかりです。焼け跡のなかで闇屋やポン引きになったり、勲章や、果ては痰まで売って生き延びようとするしたたかでたくましい人々。そしてそんなしたたかさや、戦争を生き延びてきた運を持ちながらも、あっけないくらい死んでいってしまう人たち。軽妙な文章で書かれているのでどこかあっけらかんとした雰囲気がするのですけど、そんな中でもどこかモヤがかかったような不透明さや、投げやりとも言える諦念といったものが作品のなかに見受けられます。これは作者である結城さんの死生観によるところも大きいのでしょうけど、それ以上に戦後という時代がまとっていた「空気」というものではないかと思いました。戦後のことを舞台に書いた小説というのは結構ありますけど、こういった時代の持つ「空気」というのを上手く描いている作品というのは、いままで自分が読んできた小説の中ではほとんど見ることができませんでした。「軍旗はためく下で」も含めてこういう作品に出会ってしまうと、これだけの作品を書く作家さんのほとんどの本が簡単に手に入らないという現状には、本当に残念な気分になります。
ISBN:4061984187:DETAIL