ニブロール「ロミオORジュリエット」@世田谷パブリックシアター

「観ていないので良く分からない」という自分自身の不勉強のせいもあってか、コンテンポラリーダンスには苦手意識を感じる私なのですが、そんな私でも何故か不思議と観てしまうがニブロールの公演。映像や音楽や衣装といったダンス以外の部分での見所の多さが、私みたいなビギナーにとっては取っ付きやすいからかもしれません。ただ、今回は座席が最前列だったということもあって一番圧倒されたのは一番のメインであるダンスそのもの。日常私達が何気なくしている動作を起点にどんなことが表現できるのか?今回の公演ではその広がりと楽しみを少し知る事ができたように感じます。
ポストパフォーマンストークでの話ですと、今回のテーマは「境界線」は「ある」ということ。そのことは公演の後で知ったのですが、2人1組で踊っているパートがやたらと多かったのはそういう訳だったのかと納得しました。そのせいか、私がダンスから感じ取ったイメージは、「個々を一つものに溶け合わせるものや、集団や2人を個に分かちあうものの存在」といった境界線といった概念よりももっと漠然としたものです。時には個が溶け合うように融合していくゆくように感じたのは、境界線は人為的に作られるものではなく自然に作られるものだという作品の主張からでしょうし、2人の組み合わせがやたらと多かったのは、境界線が存在するもっともプリミティブな状態が1対1の関係だからなのかもしれません。
その世界を作り出す上で今回とても良かったなと感じたのが彼等の着ている衣装。単純にシックな色彩が自分好みだったというのもあるのですが、男性に女性の服を着せたりその逆だったり、性別や外見の境界線を一回リセットして自分達の世界を作り上げるのにとても効果的だったと思います。
逆に映像については、ダンスや衣装ほどは強烈な印象を感じませんでした。観ている場所のせいも大きいのでしょうが、舞台から近すぎるせいで映像が逆に観にくくなってしまったり、ダンスと微妙にズレがでてしまっているように見えてしまいました。過去の公演や矢内原美邦さんのソロの公演でも感じていたのですが、観る場所によって視界が舞台から切れてしまったり見えにくい場面がでてしまうケースが多いような気がします。単純に普通の演劇とは比較できないのかもしれませんが、パフォーマンスの完成度を高めることほど、客席から自分達がどう見えているのかということに気を配ってくれないかなと思ってしまいます。
それと今回のテーマが境界線ということでしたら、個と個の間のそれだけではなく、例えば3つ巴の関係(一番簡単なのはジャンケンとかなのでしょうが…)やそれ以上の組み合わせの中にもそれぞれの境界線があるハズです。あくまでも素人考えなのですが、境界線についてもうちょっと可能性や範囲を広げて捉えていけば、この公演以上で示したその先の世界も表現できたのではないのでしょうか?
でもそうは言っても、ビジュアル的にもパフォーマンス的にもとても刺激的ですし、第一観ていてとても美しい舞台でした。少なくても、日常生活で自分がいかに己の身体について鈍感に過ごしているのか、そのことについていろいろと強く感じるところがあったのは確かです。