乞局「陰漏―劇場版」@アトリエヘリコプター

(あらすじ)
アパートの一室で男が一人自殺した。男の死んだ後の部屋を彼の兄と妻が訪れる。一見するとただの自殺。だが、遺体を引き取りに行ったら、男に戸籍がないため身元不明扱いになっており引き取る事が出来ない。死の前後に弟の周囲に出入りするあやしい人達の存在。弟の死に苛立ちを隠す事のできない兄だったが、自殺の原因を探るため、彼らに接触しようとする。
(感想)
基本的に脚本もきちんと練りこまれていますし、役者さんの演技も秋吉孝倫さんや根津茂尚さんを始めとして皆さんみごたえがありいい作品だったと思います。
仮にこの舞台のような立場に立たされたら普通の人間だったら様々なことを考え、それに基づいて行動していくものなのですが、この作品に登場する人物達は、まるでそんな選択肢は最初からなかったかのように行動していきます。ただ、その選択肢は通常の人間だったら、自分の都合による妄想としか言いようのないシロモノ。その決め付けたような言葉のぶつかり合いが狭く深く描かれています。ただ個人的には、その作品の出来の良さの割には嫌悪感や怖さといったものが途中まで感じられなかったのが残念でした。「何故」という感情を排除して有無を言わさず進んでいく不可解な展開は、作品の性質上当然なのだと思うのですが、それを強引にねじ伏せていく力強さに欠けているために、私は舞台の上で起こっていることに上手く入り込んで観る事が出来ませんでした。
その理由というのはいろいろと考えられるのですが、特に気になったことが、「うそのつき方」が中途半端だったいう気がしたこと。不可解なものや不気味なものをある程度の説得力を持って見せるためには、そのものの内容ももちろんなのですが、その周囲をどうやってもっともらしく、自分達の身に迫るように作っていくかもとても大切だとは思います。特に弟の「戸籍」が消えていたという設定については、作品の根幹に関わってくる部分なのですが、ここの「なぜ」という部分をきちんと処理していないために、結果的に作品に強い違和感が残ってしまうことになってしまうことに。ここなんかはもっともらしい「うそ」のつき方が必要だったのではないでしょうか。
あと気になったのが舞台のセット。ボロアパートの一室の生活感が出ていてとてもいい雰囲気だったとは思います。他の劇団の舞台だったら文句がないのですが、彼等の作風とこの殺風景さとの相性があまり良くなかったように感じました。と、いうのも私個人は乞局の舞台の魅力の一つは、舞台の奥や片隅で行われたり、舞台の見えない場所で行われるやり取りにあると思います。それが作品の中でのいかがわしさや怖さを生み出したり、想像力を膨らませているのですが、今回は舞台の中央がガランとしているので、その魅力が充分に発揮されておらず、それが作品の持つ空気を薄めてしまっている一因になっているのではないかと思いました。
ただ、正直途中まで話に入り込めない気がしたのですが、そのイメージがかなり変わったのが、最後の2シーン。兄が弟の死にこだわるシーンと、弟が自殺した直後のシーンによって、作品の全体像が一気に見えてくる仕掛けは、そのシーンともども作品の評価が一変してしまう位とても印象的で効果的でした。