燐光群「『放埒の人』はなぜ『花嫁の指輪』に改題されたか あるいはなぜ私は引っ越しのさい沢野ひとしの本を見失ったか」@新宿・SPACE雑遊

イラストレーターでもあり作家でもある沢野ひとしさんの今までの生涯を15のパートで構成して綴った作品です。どのテキストが引用されているのかまでははっきりとは分かりませんが、沢野さんの作品やエピソードのテキストを豊富に引用し、セットの方はシンプルテキストや沢野さん自身の面白さを伝えることを重視した作品になっています。ある1個人の生涯を綴るという性質上、作品のトーンを一定にする必要があるでしょうし、沢野さんの豊富なエピソードを考えるとこれでも相当絞ったように見受けられますが、それでも1つのトーンで休憩なしで2時間半近い時間を引っ張っていくのは流石に長くて、特に中盤までは観ていてちょっとしんどかったです。前述した制約があったとはいえ、それでもパートの合間や、個々のパートごとにメリハリを付けてもらえた方が、観ている方としては助かります。
わざわざ取り上げた題材だけあって、沢野さんを取り上げるという試み自体はとても面白いと思います。ただ、題材が面白いという以外に、何故この劇団で、この題材を取り上げたのか?―一人の人間を通して時代を描いている訳でもなく、かと言って脚本を書かれた坂手洋二さんの沢野さんをどう捕らえているかも今一つ伝わりにくく、少なくても私自身は良く分かりませんでした。考えてみると、この作品にはタイトルから始まって、沢野さん自身や家庭についてもの凄く様々な「問い」が隠されています。(例えば、沢野さんがなぜとっかえひっかえで女性と付き合うのか?それなのに奥さんは何故別れないのか?そもそも何故沢野さんが女性にもてるのか?など)ただ、タイトルから始まってそういった「問い」に対する回答や、それに答える手掛かりはほとんどと言っていいくらい用意されていません。それでも、その中で興味深かったのが、沢野さんらしき男に複数の役者さんが演じているシーンが多かった点です。それによって、エッセイの沢野少年やイラストの作風と私生活との、一見一個人では共存しないような複数の人格が、多重人格とは別の意味で矛盾を抱えながら共存しているさまが表現されていたように感じました。
基本的には題材はいいと思いますし、個々のエピソードはとても楽しめましたが、一方で観ていてフラストレーションを感じる舞台でした。その理由としては大きく2つあり、一点目はやっぱり公演時間が長かったことが挙げられます。そしてもう一点は、この作品が沢野ひとしさんという人物の魅力を提示するだけでなく、坂手さんが沢野さんの魅力がどこにあるのかという「問い」に対して、踏み込んだ回答がなされていないことへの物足りなさなんだろうと思います。