スロウライダー「Adam:ski」@三鷹市芸術文化センター 星のホール

(あらすじ)
「怪物」と呼ばれた民俗学者が亡くなった。
彼の門弟の男達は、彼の書きかけの自伝を完成させようと共同作業で執筆を行うが、作業の方ははかばかしく進展しない。彼等の抱く「先生」へのイメージの違いがあまりのも大きすぎて、内容が食い違ってしまい、自伝が1つにまとまらないためだ。
そこで出版社からの提案もあって、彼等の中から、書き手を一人に絞り込み自伝を書かせることになった。より本物の「先生」の自伝に近付けるため、彼に「先生」の格好をさせ、「もどき」を演じさせて自伝を執筆させることになったのだが・・・。
(感想)
折口信夫と彼の弟子達の姿をモチーフに、独特の主題を取り入れたホラーチックな作品です。良くも悪くも周囲に絶大な影響力を残した人間と、彼が亡くなった後も影響下から逃れられずに、「もどき」に自分の中の「先生」像を甦らせようとする門弟達の姿がとても丁寧に描かれた作品でした。
この作品では、いろいろな意味で「内側」にいる人間と「外側」にいる人間との関係が巧みに描かれているように思います。例えば門弟の4人は、自分達が「先生」に選ばれ、意思を継ぎ自伝を出版する「内側」の人間であるということを強烈に意識しています。彼等の「外側」の存在として「先生」の愛人の女性や、熱狂的なファンの男の存在が対比対象として描かれています。その男がかつて「先生」の門弟だったという事実が、彼等の知らない新たな「先生」像を生み出し、彼等が作った「内」と「外」との境界線にひびを入れる役割を果たしています。先生の「霊」という漠然とした存在が、「もどき」の「外」に存在したり、「内」に憑依したりすることによって、ただでさえはっきりしなくなっている「先生」像に更に揺さぶりを掛けています。今上げたのはほんの一例ですが、この作品の怖さというのはこの内側と外側とのゆがみによって作りあげられているように感じます。全体的に一本道に登場人物達が悲劇へとすべり落ちてゆく作品なのですけど、拙速に物語を進める事なく一歩一歩着実に、かつ緻密に描かれていて、そのしっかりと作りこまれた手際の良さには、作・演出をされている山中隆次郎さんの洗練されたセンスを感じますし、それによって積み上げられたものが崩壊してゆく後半以降が、とても説得力のあるものになっています。
そして、この緻密な作品を作り上げる上で、大きな役割を果たしていたのが役者さん達の存在です。山中さんがアフタートークの中で「始めての役者さんが多くて新鮮だった」といった感じのことを言っていましたけど、客演の方たちを中心に、なかなかひとくせのあるいい役者さんたちを揃えたと思います。個人的には、門弟役の中の夏目慎也さんと、金子岳憲さんの2人、更には外部からきた「先生」を心酔する男を演じた竹井亮介さんの演技が良かったです。一方、板倉チヒロさんは配役で割を食らった感じがしました。これから持ち味を出すぞという所で出番が終ってしまったのは残念でした。
折口信夫の死後すぐ(折口が亡くなったのが1953年)という舞台設定にも関わらず、あえて今の時代に舞台を置き換えたために、前半ややセリフが軽いなと感じてしまった部分があったのがちょっとだけ気にはなりましたけど、作品自体はとても良くできていて、終盤怖くなるにしたがって、作品の巧みな仕掛けの数々に、思わずニヤニヤしながら観てしまいました。個人的にはおすすめです。

(付記)
終演後にポストパフォーマンストークがあり、私の行った会は山中さんと庭劇団ペニノタニノクロウさんの2人。タニノさんが作品のイメージからは想像もつかないシャイでマジメな方だったのには驚かされました。山中さんも似たようなタイプなので盛り上がるのに時間が掛かってしまい、さあこれからという所で終ってしまったのがなんとも残念でした。真ん中に聞き手を入れた方が良かったように感じました。ただ、テレながらも、ポイントポイントでは鋭いことを言っていたあたりはやはりさすがだなと思いました。