青年団リンクサンプル「シフト」@アトリエ春風舎

(あらすじ)
東京で知り合った女性と結婚し、婿養子に入った男。幸せいっぱいな気分でやってきたはずの彼だが、その町や家族は、彼の日常感じているあるべき姿とはかけ離れている。
自宅に当たり前のようにやってくる怪しい男、子供を作ることをひたすらに拒否する妻に彼の子供を産もうとする妻の叔母に、それを当然とする周囲の人達。そこから一人距離を取る妻の姉も、彼女を軽蔑しながらも、何故かその家から離れようとはしない。
そんな周囲の人達に孤立無援で訳も分からずになじられた夫は、ヘラヘラとした態度でやり過ごそうとしていたのだったが・・・。
(感想)
劇場に入ってまず驚かされたのはその奇妙な舞台。舞台は円形に綱で囲まれていて境界線のようになっており、天井からはひもがぶら下がっていて、そこに箪笥やちゃぶ台、から食べ物まで実にさまざまなものがクリップで止められています。舞台装置というものが存在せず、その代わりそこにぶら下がっているものを無造作に引っ張って使った形で作品は進行していきます。その無造作さが、まるでそこにいつでも存在するかのように、いとも簡単にものが消費されていく現代社会の姿を映しているかのようです。
インパクトのある舞台や題材から一見するとキワモノの作品のように見えますけど、いろいろなものがものすごくオーソドックスで丁寧に積み重ねられた舞台だったように感じました。自分達が当たり前だと思っていた倫理や規範が通用しない社会、どこか違和感を感じながらもその土地ではそれが正しいと言われると、どこか否定しきれない違和感、伝統を口実に自分の欲望を満たし、自分でもそれが正しいことだと信じて疑わない男の存在・・・etc。コミュニティの中に放りこまれた人間の見せるイヤな部分というのがこれでもかという位描かれています。どの役者さんもいい演技をしていたのですけど、その中でも古舘寛治さんの持つ存在感は1枚抜きん出ています。まだ松井周さんの作・演出作品は2作しか拝見していないのですけど、私の中では「松井作品=古舘さん」という図式が出来つつあるくらいインパクトがありました。
松井さんの前作「地下室」があまりにも現実の出来事とオーバーラップしすぎていたのに対して、今回の作品は鳥インフルエンザの話しこそ奇しくもタイムリーになってしまいましたけど、あえて意図的に現実社会の事件とシンクロするのを避けたように感じました。それが、「地下室」で見られた洒落になっていないと思わせる生々しさが薄まってとっつきやすくなりましたし、観ている側の想像の幅を広げる効果があったように思えます。そのかわりに観ている人間にあたえる強烈なインパクトも薄れてしまったようにも感じ、あちらが立てばこちらが立たずで何とも難しいなと思いました。
この作品のような悪意をもった作品というのは、善意に満ちた作品とは違って、人間の嫌な部分の上っ面だけを描いていても決して面白くはならないと思います。自分や他人に対してとことんまで誠実に向かい会わないと、善意の裏側にある悪意というのはなかなか見えてこないように思います。
そう考えると、作品そのものこそは悪意に満ちていますけど、作り手の作品に対する誠実さというのを強く感じられる舞台だったといえるのではないでしょうか。