「現代能楽集III『鵺/NUE』」@シアタートラム

(あらすじ)
トランジットルーム。そこはどこの国にも属していない、どこにでもない場所。
海外公演が終了した劇団が帰国の途に就こうとした一行は、乗ろうとした飛行機の事故でフライトのメドが立たず、空港で足止めを食らう事になる。
演出家に、俳優達に、制作スタッフに、彼等と同行した若い映像作家。苛立ちを感じながらも、彼等は思い思いの方法で時間を過ごそうとする。
そんな時、空港のトランジットルームに佇む一人の黒ずくめの男。禁煙の空港で警備員に咎められることなく、タバコを吸うその男は一体何者なのか?そして彼等との関係は?
能楽「鵺」を下敷きに、清水邦夫さんの戯曲を劇中に交えて綴られる、トランジットルームに足止めされた演劇人を描いた作品。
(感想)
学校教育の悪しき影響を引きずっているせいか、答えがでないものや分からないものに対して、人一倍耐性のない私ですけど、曲りなりにも以前より分からないできごとを受け入れることが出来るようになったのは、演劇、特に宮沢章夫さんの作品の力が大きいです。
今回も作品も、空港のトランジットルームで起こる現実の世界とも劇中の世界ともつかない世界、現在とも過去ともつかない幾重にも張り巡らされた複層的な空間で繰り広げられる人間模様が描かれています。不可解といっても、ただ意味不明な世界が作られているのではなく、上手く言葉にできないのですけど、わからないことが納得できるような薄っぺらくない世界、言い換えると「わからないこと」の強度の強い作品だと思いますし、だからこそ、その世界に安心して身を委ねる事ができるのでしょう。
とは言っても今回は分からなかったのは、自分の教養不足も大きかったのかなと反省する部分も。能についてもほとんどさっぱりと言っていい位分かりませんし、劇中で頻繁に使われていた清水邦夫さんの戯曲についても全くといっていい位知識がありません。そういったことがきちんと理解していたら作品をより理解することができたのでしょうけど、ただ、そんな無知な私でも分からないなりにきちんと楽しめる作品になっています。劇中で引用されている清水さんの戯曲についても、断片のセリフが使われているので、どんなストーリーか良く分かりませんし、少し大仰過ぎるなと感じた部分もありましたけど、言葉に熱がこもっているような感じがしてなんだか訳が分からないのですけど、これがなかなかいいんですよね。それを若松武史さんや上杉祥三さんのような当時の熱を持った役者さんと、半田健人さんや、鈴木将一郎さん、田中夢さん等の若い世代の役者さんとでは、同じテキストを使っていても、セリフや体の動かし方が違っているのが分かって面白かったです。
現在演劇というジャンルが「今」を強く映し出している一方、そこから離れると時の劣化の影響をより強く受けてしまうものだと思っていたのですけど、劣化することは避けられないとしても、時代を乗り越えている「ことば」の強さを持っている作品も確かに存在するんだなと感じました。宮沢さんは今回の作品のテーマの1つとして「上演されなくなった戯曲はどこへ行くのか」(シアターガイド12月号)と言ったことを挙げています。私個人は、能や古典演劇や、清水邦夫さんの作品の引用が使われている複雑な構造をもったこの作品が、何十年も経った後、果たしてどこにいくことになるのか、そういったことについてとても興味を感じました。
舞台を演じる人達だけでなく、そこで観ている私達まで含めて、演劇作品を演じているその場所に居るということについて、いろいろと考えさせてくれた作品でした。