メタリック農家「食」@王子小劇場

(あらすじ)
舞台は山形県の人里離れた山村の村。かっては冬は降り積もる雪で外との通行が完全に途絶えてしまったその村にずっと住む一人のおばあちゃんがいた。年のせいなのか、彼女は最近決まって若い頃のことを延々と話す。けど、そこには「ぺちょら」と呼ばれる妖怪らしきものまで登場して、現実にあった話しだとはにわかには信じられない…。
これは、そんなおばあちゃんが語る夢とも本当とも付かない、長い長い恋の昔話。
(感想)
山形弁で綴られる独特のセリフ回し、どこか牧歌的でのどかな雰囲気が漂う冒頭シーン。このまままったりとした空間が続くのかと思ったら、まるで天候の悪化に並行するかのように物語の雲行きは怪しく、重苦しくなっていきます。
閉ざされたコミュニティの中ならではの秩序や役割や差別感情、冬行き場も逃げ場もない雪の中で起こる食糧不足という極限状況。弱いものから追い詰められ、「ぺちょら」さえも食料にせざるを得ない現実を突きつけられる主人公。物語の基本的なプロットは面白くなる要素が沢山ありますし、若手が多く演技そのものは粗さはありますけど、表現力が豊かな役者さんが揃っています。これだけ、素材が揃っていれば、あとはそれを上手く料理できれば、山形弁のリズムが独特な空気を生み出すかなり面白い作品になるはずなのですけど…。残念な事に今回はいろいろな部分に問題を抱えた作品になってしまいました。
まずは、レビュー等で多くの方が指摘している通り、客席と舞台の設営に問題があり、客席に段差がほとんどないために、舞台が大変観にくいです。私が座っていたのは、桟敷席の後ろにある椅子席の2列目とかなりいい席のはずなのですけど、それでもシーンによってはかなり観にくくてとてもフラストレーションを感じました。私の席でさえそうなのですから、後の席の方はもっとひどかったんではないでしょうか。
客席の設営の問題もあるのですけど、舞台の上下や、劇場の脇の通路までフルに使って奥行きのある空間を作ろうとした意図が、今回に限っては作品の観にくさを助長してしまっているのが何とも皮肉です。
作品そのものも前述した通り、プロットは良く出来ていると思いますし、ラストシーンは重苦しさの中にも暖かさと鮮やかさを感じさせてくれます。ただ、そのラストシーンに到るまでの部分が肉付けが足りなかったり、やや言葉足らずだったため、折角の印象的なシーンの説得力に少し物足りなさを感じてしまったのが残念でした。
この物語の一番の中心と言ってもいいのが、主人公と人の姿をした「ぺちょら」との恋の話しだと思うのですけど、物語の中盤まで主人公の女性が他の良縁があるにも関わらず、なぜ彼に好きになってしまったのか、という部分について全く書かれていないため観ていて唐突な印象を受けてしまいました。ただ、それでも観ていて心が揺さぶられる部分があったのは、この作品で使われている言葉そのものには力があるからだと思いますし、それを演じる役者さんの表情豊かな演技があったからかと思います。特に主役の女性を演じた石川ユリコさんの演技に救われた部分は結構大きかったと思います。「拙者ムニエルの役者さんの客演は、本公演の時よりもいい」と良く言われますけど、今回は全く同感だと思いました。
今回の公演を観て全体的に感じたのは、素材がいいにも関わらず、脚本・演出・制作等さまざまな部分で練りこみが足りなくて、まるで出来かけの料理を食べさせられているような気分です。観ている側も消化不良を感じる作品でしたけど、おそらくもっとも納得がいっていないのは本人達じゃないかと思います。もっとしっかり作りこんでいけばかなり良くなる可能性を持っている作品だけに、いつかもう一度この作品にチャレンジして納得の出来る作品を作ってくれたらと思います。