Oi-SCALE「キキチガイ」@シアタートラム

昨日行った公演の感想になります。
(ストーリー)
兄の入院する病院に見舞いに通う1人の少年。彼は生まれつき補聴器を付けないとほとんど耳が聴こえないのだった。その病院で少年が補聴器を外して出会ったもの。それは、無音の世界と遠くのビルの上で手を振る1人の女性だった。
そんな少年達の物語を始めとし、さまざまな人物が織り成す病院の屋上を舞台に繰り広げられる4つのエピソード。それらが時間や空間を超えて交差していくなかで、最後に彼等が観たものは.....。
(感想)
病院の屋上の黄昏時に登場人物達が話していたかと思うと、若い男女2人が屋上からいきなり飛び降りてしまう冒頭のシーンがあったのですけど、そのどこかミステリアスなオープニングがものすごく良くて、いきなり舞台に引き込まれました。照明を太陽のように使って屋上の天気や時間を表現した演出や、効果音を含めた音の使い方がとても効果的だったこともあって雰囲気がとても良かったです。
それだけに、そのあとの屋上に工事の作業員がやってきてエレベーターが壊れて閉じ込められるドタバタしたシーンとのギャップの大きさには思いっきりズッコケてしまいました。最初の内は人がせっかくいい雰囲気に浸っていた時に何でこんな全く脈絡のないシーンを持ってくるのか、ものすごく納得いきませんでしたが、全体的にシリアスなシーンが多かったので、このコミカルなエピソードがいいアクセントになっていきますし、エピソードそのものも6人の役者さんのテンポのいい掛け合いや、コミカルさのなかにも風刺が利いていて面白かったです。
それにしてもこの脚本を書いている林灰二さんのポイントポイントでの言葉の力の強さには驚かされました。場の切り替えの合間にテレビのモニターのような画面を使って一文字づつテロップのようにセリフを流していく演出の効果も大きかったとは思いますけど、まるで劇の途中で一遍の詩を読んだり聞いたりしているような気分になる時がありました。ただ、モニターを使った演出についてはものすごく面白く感じた一方で、文字が小さくて読みづらかったり、文字が出るタイミングが分からなくて頭の1〜2文字を読み飛ばしたりした事があったので、見せ方にもう少し工夫があったら、と思いました。
自分も去年病院に入院していて病室のすぐ上が屋上だったのですけど、病院の屋上で繰り広げられる患者や見舞い客や看護師の会話の雰囲気がものすごく良く出ていて、当時のことを少し思い出してしまいました。病院って、そこにずっといる人からみたらそこで起きることは日常の出来事なんですけど、そうでない人からみたら、時には死や痛みやむきだしになった人間性などに直面させられる特殊な空間なんですね。
この物語の出てくる屋上と建物とをつなげるのはエレベーターへとつながる1枚の扉だけなのですけど、そのドアが見ることや聞く事のできるものと、そうでないものとの区切りのようで、主人公の少年が補聴器をつけた時とそうでないときとの世界と重なっているように感じました。たとえば同僚の女性看護師2人が話しをしていて、途中でそのなかの1人の職場の同僚の恋人に呼ばれてドアから出て行ったあとに、もう1人の女性が実はその彼が別の女に金を貢がせているという陰口を言うシーンがあります。このシーンを観ていると、見えることが必ずしも幸せではないけど、かと言って見えないままでいいと言える状態でもないし、当事者にとって果たしてどちらが幸せなのだろうだろうかと思います。補聴器を付けた主人公だけではなくて、私達だって聴こえているつもりでも結構届いていない言葉というのはあるのですし、逆に聞きたくないのに聴こえてしまうことっていうこともありますし、見えることや聴こえることと言うのは、実は自分たちが思っているほどそんなに簡単なことではないのだろうと思いました。
ひとつひとつのエピソードはとても面白かったのですけど、ストーリーを広げすぎてしまったせいか、最後は少し焦点がぼやけてしまったような感じがしたところが残念でした。フォーカスがぼけてしまっていま一つ伝わりにくかったのですけど、この物語は結局はラブストーリーであるのと同時に「別れ」の物語だったのかなあ、と思いました。この物語の中に出てくる登場人物達は死や失恋や、退院、退職など病院で起こるさまざまな別れを経験しますし、最後は病院を辞めた看護師が、解体される事になった病院の建物に別れを告げるシーンで舞台が終ります。
そう考えると、観終わった後にぼやけたような感じがしてすっきりしなかったラストも、少し腑に落ちたような気がしました。