石持浅海「水の迷宮」

作者はミステリーのクローズドサークルを作るために、水族館を選んだのでしょうけど、それが謎解き以外の部分でも実に効果的です。水族館の生き物たちの描写や、そこで働く人達、更には業界の裏話などが、実によく書かれていて、作者の意図とは別の意味で面白かったです。作者のペンネームから考えると、もしかしたらもともと海の生き物に深い興味のある方なのかもしれません。
舞台に「〜館」や「〜屋敷」といった場所ではなく、水族館を選んだのは、既存のミステリーに敬意を表しながらも、一方でそれにどこか物足りなさを感じているからではないでしょうか。そのことは、作者が水族館で働いている人間の人物描写にかなりのウェートを割いているという部分からも言えるのではないでしょうか。それは本作が、水族館で起こった事件の「動機」を解明することに重点が置かれているということもありますけど、それ以上に謎解きやトリックに重きを置くあまり、人物がきちんと描ききれていない既存の多くのミステリーに対してどこか不満を感じ、そういった陥穽に陥らないように丁寧に話を進めようとする作者の姿勢の表れでもあるのではないでしょうか。
舞台設定はいうことがない、つくりも丁寧、おまけに謎解きの過程も面白い。そこまで揃えば、普通だったらとても面白い、言う事のない作品になるはずなのに、残念ながら、本作の読後感はあまり良くなかったです。それは、肝心の結末の部分に不自然なところが多かったからです。具体的には、登場人物のキャラクター描写に力点が注がれているにも関わらずその人間の心理描写や行動に駆り立てる動機がどこか薄っぺらかったり、犯人の性格と行動につじつまが合わない部分があったり、人を殺しておいて「夢に向かって水に流しましょう」といわんばかりの結末に物語の世界とは言えあまりにもムシが良すぎる終り方だと思ったりしたからです。
折角上手く積み上げたのに、最後の一片が歪なためになんかしっくりこない、そんな立体パズルを見ているような感じがしてしまい、なんだか勿体ない気分になってしまいました。少なくても、作品を読んで水族館に行きたくなってしまうくらい、文章やストーリーそのものは面白かったので、それだけに余計に残念です。
ISBN:433407586X:DETAIL