池澤夏樹さんの講演会のメモより

先日行った池澤さんの講演会の詳細についてです。あくまでも、私のメモに基づいたものですので、内容が若干異なっていたり、メモし切れなかった部分があったりしますので、その辺についてはご容赦ください。なお、テーマは「星の王子さまを読む」です。

星の王子さまを翻訳する上でのスタンスと引き受けた動機>
「翻訳者というのは一種の職人であり、作家の事を評論すると言うのがおこがましい」というスタンスを持っているそうです。(「星の王子さま」は)自分史と絡められる事の多い作品で、池澤さん自身は小3の時が初読だそうで、その時以来何度も読まれたそうなのですが、いつまで経っても全てがわからない、はっきりしない、読み終わらないという印象があったそうです。そこで、今回翻訳を自分に課せば、もう一度精密に作品を読むことが出来る。そうすれば、この作品を読み終えることが出来るのではないだろうか、という意図で引き受けたのが動機だそうです。

星の王子さまが読み終わらない物語になっている理由>
まず一つに「無垢であることを保とう」として大人を批判することと、知恵を集めることにより霊的なものを集めようとするという、矛盾した物語であるということをあげていました。更に、パイロットである「ぼく」に渡しているメッセージが意味深く捉えにくい事、出会いに意味が生じるための秘訣が分かりにくい形で散りばめられていることを、二点目としてあげていました。具体例としては、王子さまが自分の星を出るきっかけになった、バラとの話について、表面上は「一つ一つの言葉に振り回されない」という大人の知恵について語ったものだけど、そのものズバリそのことについて書かれているわけではないことについて指摘していました。

サンテグジュペリとヨーロッパの自然観>
次に、この作品を理解する上で大切なものとして、サンテグジュペリの倫理観のベースにもなっているヨーロッパの自然観について、池澤さんがフランスに住んでみて分かった部分についての、話がありました。池澤さんによると、ヨーロッパの自然観とは「自然そのものはただ存在するだけで、ただ自分が意味づけをすることによって、自然と関わりを持つ事ができる」=「自然を飼い慣らす」という考え方だそうで、理由としては、ヨーロッパが農業国であること、そのため、そのままでは自然は何もしてくれず、その分、飼い慣らして努力を注ぐ必要があり、その分人一倍その土地を愛している、そんな自然観が作品の中にも反映されていると言っています。例えばそれは、王子さまが犬でも、猫でもなく、羊が欲しいといったこととも深い関係があり、考え方のベースにそのことがないと、サンテグジュペリは王子さまは決して羊を欲しがったとは書かなかっただろう、と指摘しています。

(参考)「だめだめボアに呑まれたゾウなんて欲しくないよ。ボアって危ない動物だし、それにゾウはとても場所をとるでしょ。ぼくのところはすごく小さいんだ。ぼくが欲しいのはひつじなの。だから羊の絵をかいて。」(「星の王子さま」より)

それに対して日本は、「自然を愛でる」といった考え方で、働きかけて手なずけるという哲学が日本にはなく、そのため、災害が多いけど流れるままに生きる、災害は避ける事ができないので忘れる、といった考え方になる、と言っていました。

サンテグジュペリにとって自分が飛行機に乗る事と、農夫のように自然を手なずける事とをどう関係付けたのか?>
郵便から夜間飛行になり、やがて、海洋や山脈をこえていく初期の民間の飛行機活用の歩みについて触れ、その過程が、飛行機によって自然に役立つ一つの道を作ると言う行為であり、それは自然を飼い慣らす開拓者であり、農夫のようであり、そのことが、彼の倫理観のベースになったそうです。
そうやって翻訳を行いながら様々な意味づけをするけど、それでも、まだ読み足りない部分があるのではないか、と思っているという話でした。

<翻訳をやっていて感じた事>
真っ先に、非常に詩的な文体であるという事、この場合文体が美しいというだけの意味ではなく、耳で読めるということを強く持った文体である、ということをあげていました。そのため、翻訳の際には、なるべく切りつめてリズムを考えること、短い文でシンプルにつなげていくことを心がけて翻訳したそうです。そのために、一つのフランス語を極力二つの日本語に分解せず、基本的には一つのフランス語に一つの日本語を対応させ、その際、該当する日本語の中からなるべく意味の広い日本語をはめ込む作業を行ったそうです。それは、池澤さんが以前から行っていた字幕の作業と似ていたそうです。

<フランスに住み、サンテグジュペリの訳をしていて気が付いたこと…「異国の客」より>
日本と比較して「古いものを大切にしている」ことについて、自分が現在住んでいる場所が家は十八世紀、地下室は十六世紀に作られた建物であること、そのために修理とかが大変な反面、肌になじむ感じがすること、建物だけでなく町並みそのものも壊さないように大切に
しようという了解があることを織り交ぜて話がありました。その他には、食べ物の話から、買い物をする時におしゃべりをすることが買い物に含まれていて、お客がそれを待つために行列することが当たり前の光景であること、理由として、店員が専門知識を持っていて、会話をしないとそれを引き出すことができないためであることをあげていました。
このように、新しくなっている部分はあるけど、そういった点では古いままの部分が残っていて、「古い部分を残すことは、ある値打ちを維持するという意味」を持っているのであり、そのために古いものを大切にしているのはないだろうか、いう考えを述べていました。
id:ike3:20060121


本当は他にも書きたかったことがあったのですが、講演会の記録を書いていたら予想以上に時間がかかってしまったために、その辺のことについては明日以降気が向いたら書こうかなあと思っています。最近何だか、日記のアップが段々と先送りされていくという悪循環にはまっているような気がしますけど、その辺は自分の自己満足のために書いている日記なんだからと自分に言い聞かせて、細かい事は考えないようにします。