川上弘美「東京日記 卵一個ぶんのお祝い」

基本的には日記なのですけど、ちっとも日記らしくない日記です。三日続けて野菜のオクラの話が出てきたり、一年ぶりに行った池袋に何故か立て続けに出てきてみたり。普通日記というのはその日一日に起こったことを語りつくすものなのですけど、この日記で語られていることは本当に最低限の事。作者にとっては必要なことだけど、世間の人間にとってはどうでもいいことが書かれているかと思うと、逆に、作者にとっても重要なできごとなんだけどあえて書かなかったりしている部分と言うのも結構あったりします。しかし、それがまるで一編の詩を読んでいるかのような感じがして、妙に感触が心地いい。語らないことによって一つの世界を作り出してしまう、こういう日記の書き方もあるんだなあ、とつくづく感心してしまいました。ページ数が手ごろだったこともあって一気に読んでしまったのですけど、本当だったら、休みの日に暖かい場所で、まったりとした気分で読んだほうが、より楽しめたような気がします。作者の川上さんも、本当は文章の中では見えない、締め切り等で切羽詰って多忙だったり、いろいろと大変だったりする部分があるのでしょうけど、作品の中とはいえそれを感じさせないのは凄いなあ、って素直に関心します。私も、作者のように気持ちの面だけでももうちょっと余裕をもって暮らしていけたら、周囲の事が色々と見えてくるのになあ、っていう気持ちになりました。
isbn:4582832822:detail