大沢在昌「天使の牙・上、下」

新型の麻薬アフターバーナーの元締めであり、日本最大の非合法組織「クライン」のボスである君国辰郎の元から、愛人・神崎はつみが逃亡して警察に保護を求めてきた。連絡を受けた保安二課長の芦田は、「クライン」壊滅の切り札として、組織内部のことを知り尽くしているはつみを護衛・移送することに決める。この任務を受けた女刑事・明日香は、はつみとホテルで接触するが、極秘任務のはずの情報が漏れてしまったために、銃撃をうけ二人とも瀕死の重態におちいってしまう。その時芦田は明日香の脳をはつみの肉体に移植することにより、「クライン」に対するおとり役に仕立てようとするのだった.....。
正直最初は、はつみと明日香の脳移植という、あまりにも唐突で安易な設定に違和感を感じずにはいられませんでした。このリアリテイのない設定を、生前の明日香の恋人で、護衛しているのが神埼はつみだと思っている刑事の「仁王」とのやり取りや、思い通りにならない苛立ちや、と迷いや葛藤や矛盾を抱えながら任務に就く「アスカ」の揺れ動く心理描写、更には緊迫感のあるストーリーや、戦闘シーンの緻密さを肉付けすることによって、物語としてのリアリテイを生み出すことに成功しています。そういえば、大沢さんの人気シリーズの一つである「アルバイト探偵」シリーズも、ややもすると突拍子もない設定をリアリテイのある登場人物やストーリー展開や道具立て等により、物語の「嘘くささ」を緊迫感へと見事に変えています。それが出来るのも、著者のストーリーテラーとしての非凡な能力と、引き出しの多彩さのなせる業だと思います。本書の持つ、畳み掛けるようなスピード感や目が離せなくなるような緊張感は、こうした「虚」と「実」の絶妙なバランス感覚によって支えられているのでしょうか。
isbn:4041671159:detail
isbn:4041671167:detail