メジャーリーグ+庭劇団ペニノ「野鴨」@THEATER1010

イプセンの戯曲を、笹部博司さんの企画・原案、庭劇団ペニノタニノクロウさん演出、石田えりさん、手塚とおるさん、保村大和さんを始めとした豪華キャストによって上演された作品。私はイプセンの作品の舞台を観るのは始めてですが、個人的に一番の興味は、いつも独自な作品世界を一から作り上げているタニノさんが、他人の戯曲や企画という既に出来上がったものがあるという状況で、果たしてどんな舞台を見せてくれるのだろうかということ。
まず、劇場の足を踏み入れて驚かされるのは、目の前に広がる光景。L字型に作られた90席位のコンパクトな客席よりも何倍も広い舞台は木々が生えている鬱蒼とした森の中そのものでもの凄い舞台美術です。照明の按配によって夕闇や夜や日中などの一日が本当に再現されているよう。「ここはホントに丸井の建物の中なんだよな」と劇中何度自問自答したことか?木々を揺らす風のそよぎ、その風で落ちる葉、それを踏みしめる音、その香り、どこまでもとことんリアルで、舞台の奥にもまだ森がどこまでも広がっているという錯覚が起こります。
実は、この作品を観る前に一通り戯曲に目を通したのですが、その時感じたのが、よくもまあ大真面目かつ誠実にここまで歪んだ話が書けるものだという感嘆と、海外の戯曲ということを差し引いても、登場人物への共感や理解のしにくさ。ややもすると戯曲レベルでは血の通いが悪いと感じる作品に、舞台レベルで血を通わせたのは、役者さん個々の持つ力と、それを引っ張り出したタニノさんの力ではないでしょうか。この舞台、戯曲そのものには手を加えないストレートプレイで、この作品の分からなさや共感のしづらさを無理矢理解消することはしていません。しかし、舞台美術も含めて、そこに配役を超えて、役者さんという人間が存在しているということはこれ以上なくリアルで生々しい、その事が視覚だけでなく五感全体を激しく揺さぶります。私の中ではタニノさんというと誰もが予測不可能な光景を作り出す人というイメージを勝手に作っていたのですが、よくよく考えてみると、その根底には真実に対する誠実で真摯な追求があるのでは?そうだとすると、この一見ミスマッチなイプセンという人と実は根っ子の部分は似通っているのではないか?と観ていてふと思いました。ただ、お互いその追求の手段と程度がいささか常軌を逸しているとは思いますが。
今年観た舞台の中で、自分の中で今現在あえてベストを挙げるとしたら庭劇団ペニノの「笑顔の砦」だったのですが、それに勝るとも劣らない素晴らしい作品でした。タニノさんの作品の凄さって一体何なのだろうと考えていたのですが、この作品のように、記憶や目だけでなく観終った後に全身に感触が残るこの感触なのかなと思います。それこそが、映画やDVDや小説などでは決して得ることのできないナマで演劇を観るということの醍醐味なのではないかと思いますし、それを教えてくれる舞台でした。