パラドックス定数「Nf3Nf6」@planB

(あらすじ)


「さあ、私とチェスをしましょう」


ナチスドイツのユダヤ人捕虜収容所にある地下室。ナチス将校に連れられてやってきた目隠しをされたユダヤ人捕虜。
彼が目隠しを取ると、そこに一面のチェス盤が。目の前の将校は淡々と彼に語りだす。
「お前はこれから私とチェスをする。お前に拒む権利はない。勝ったら願いを1つかなえてやろう」
対局が繰り広げる中、徐々に明らかになってゆく、2人の過去。2人だけで行われる、壮絶で孤独な頭脳戦。
(感想)
まず会場に入ると、コンクリがむき出しになった一室に、ぽつんと置かれたチェス台。スタート前から張り詰めた雰囲気が漂っている会場の雰囲気が何とも良く、始まる前から、否が応でも期待が高まります。会場の雰囲気を壊さないようにスタッフの方たちの立ち居振る舞いまで徹底されているのが、素晴らしいです。
そこで行われるのは、緻密に練りこまれたストーリーと、脚本の高い要求に応えきった役者さんの演技が見応えたっぷりの2人芝居です。例えば、捕虜収容所の将校と暗号分析のスペシャリストが同一人物であったりといった部分など、根本的な設定にちょっと無理があるのではと感じた部分はあります。ただ、ミステリー小説などでは、チェスの駒を人物に、対局を人生になぞらえていく作品をいくつか読んだことはありますけど、そういった題材を扱った上質な作品を舞台で観れるとは思わなかったので、その点では新鮮な驚きを感じました。
私個人は、チェスについては最低限のルールを知っていて辛うじて指せるという程度のレベルですが、チェスの細かい部分があまり分からなくても、充分に楽しめる作品でした。
この作品には、チェスの他に数学や、暗号などといった知的好奇心をくすぐるキーワードがあちこちに散りばめられています。チェスを差すシーンや、壁に数式を書くシーンなど、役者さんの演技にほんのちょっと淀みがでたり逡巡したら作品がぶち壊しになってしまうというギリギリのバランスの中で、2人の役者さん達が良く演じきったと思います。チェスの細かい部分が分からなくても楽しめたのは、チェスの駒を動かす2人の手つきの美しさがあったからだと思います。
全体的に淡々としているのですけど、その中でも男同士のストイックで濃厚な雰囲気が何ともいえなかったです。最初は将校と、捕虜の数学者の関係は、将校の方が生殺与奪を持っている圧倒的に強い立場から作品は始まっていきます。それが2人の過去や関係が明らかになるに従って、少しずつ変化していきます。そして、チェスの対局になぞらえて描かれる最後の逆転劇、これは鮮やかでした。
フライヤーの美しさと、チェスという題材が気になって足を運んだ公演だったのですけど、自分の期待していた以上の素晴らしい作品でした。