劇団、本谷有希子「遭難、」@青山円形劇場

各メディアに取り上げられたり、小説が芥川賞候補になったりと、すっかり時の人になってしまった本谷有希子さん。5月に上演された「アウエー」と言う形での番外公演以来の舞台で、本公演を観るのは私は始めてです。前作としか比較はできないのですけど、人間の悪意とか自己愛といった部分がものすごく深く描かれていましたし、役者さん達の演技が素晴らしかったこともあって最後までとっても楽しめました。特に、松永玲子さんと吉本菜穂子さんの2人のやり取りが凄まじかったです。
公演の案内で「今まで書いてきた作品の中で、一番のセリフ量かもしれません」と書かれている通り、前作と比較しても役者さんがかなりしゃべりまくっていました。人によっては饒舌すぎるとか、言葉に頼り過ぎると感じるかもしれませんが、私は、本谷さん自身が、自分の言いたいことを言葉を使って表現しきれるようになったいい傾向なのではないかと思います。
(あらすじ)
学校の職員室に一人の生徒の母親が訪れる。ヒステリックに担任の教師を罵る母親。彼女の息子は、学校の教室から飛び降り自殺をはかり、意識不明の重体に陥っていたのだった。
最初は、その自殺の原因が生徒が担任の女性に出した手紙を彼女が無視したせいだと思っていたら、予期せぬ真相が次々と浮かびあがり、事態はどんどんと出口の見えない方向に進んでいく。
実は担任の教師をかばい母親を上手くあしらっていた女性の教師が手紙を受け取っていたり、母親が息子に暴力を振るっていたり、そんな事態を収拾することも出来ずついには母親と愛人関係になってしまう学年主任や、彼等を告発する陰険な教師…。
自分のことを正当化するために、相手の弱みを暴きたて、他人の足を引っ張りあう人達の姿を、コミカルでリアルに描いた作品。
(感想)
自殺未遂を起こした生徒の母親が、担任の教師を激しく罵るところから舞台は始まっていきます。いきなりの修羅場に、最初からクライマックスかと思ったら、あくまでもそこは序の口でその後、これでもかという位の暴露合戦が始まります。社会人をやっていると、責任を取りたくはない、けどいい人とかできる人だとは思われたい、そんなとってもムシのいいことを考えてしまうことがあるので、彼女達の気持ちに共感できる部分はものすごくあります。ただ、この舞台にでてくる人物達まで執拗に、かつ徹底的に書ける人というのは、本谷さん自身が認めている通り、よっぽどの自分大好きな自意識過剰人間でないとできないでしょう。ただ、ここまで面白くできるというのは、ただ本谷さんが自分大好き人間だというだけでなく、そういった部分を人に見せるということと、そのためにはどんな手法を使えばいいかということを、ものすごくきちんと意識しているからだと思います。そうでなければ、一歩間違えれば自意識過剰女の妄想とも呼べるシロモノにここまで多くの人達の支持は得られなかったはずです。笑いの部分にしても共感できる部分にしてもそうですし、自分大好き人間の登場人物達を見る側が見下げる図式といい、あざといとさえ感じながらも気が付いたら舞台場に引き込まれてしまいました。
個人的には比較的好きなタイプの物語ですし、登場人物達の人物描写の深みにはすご味さえ感じました。ただ、ここまで暴露合戦の泥沼劇をやるんだったら、もっと徹底的にやって欲しかったようにも感じました。役者の皆さんもそれぞれもの凄くいい演技をしているのですけど、脚本のバランスがあまりよくないので、松永玲子さんと吉本菜穂子さんが演じている登場人物が突出してしまって、全員もろとも劇中の世界に「遭難」していくイメージがもうちょっと欲しかったように感じます。どうせやるのでしたら、登場人物全員が均等に悪意の波に飲み込まれてしまうくらいまで他の登場人物の描写を掘下げられたらいうことがなかったのになと思います。
前回の5月の公演(密室彼女)では言葉の使い方や微妙なセリフの言い回しにものすごく面白さを感じたのですけど、今回はそこに表現の説得力や重みが少し加わったように感じました。文字だけで表現する小説の執筆が舞台にいい影響を与えているのではないでしょうか。本谷さん自身の世界をこれからまだまだ深化させてくれそうな予感をさせる舞台で、とても見応えがありましたし、今後どんな公演を行っていくのかが楽しみです。