森山大道展 「25時 shinjuku, 1973」@Taka Ishii Gallary

森山大道さんの本を読んでいたら、実際の作品を妙に見たくなり、ちょっと見に行ってきました。清澄白河駅から徒歩だったのですけど、プリントアウトしていた地図が切れてしまっていて場所を探すのに少し苦労しました。貨物用のエレベーターに乗って行くのといい、どう考えても本来は倉庫だった場所がギャラリーになったような場所だったというのもあるのですけど。
今回は案内によると、1973年に新宿で撮影された森山大道の映像作品「25時 shinjuku, 1973」を初公開するということだったのですけど、ギャラリーらしき場所に行くと写真のパネルが4っつとスクラップブックがあるだけで案内の人もいなければ、説明も何もないので訳の分からない状況。スクラップブックが置かれている場所の先が黒い幕で仕切られていて壁には中に入れという矢印が。
「分かりました、入りますよ」
中に入ってみると真っ暗な部屋に無造作にプロジェクターが二基置いてあり、一方では森山さんの作品がスライドで、もう一方では「25時 shinjuku, 1973」が流されていました。椅子も何もなかったので壁に座って漫然と見ていたのですけど、この何にもない所が作品とマッチして逆に良かったのかなと思いました。作品自体は、バイクに乗って撮ったらしい作品で、所々画像が切れてしまったり、画像の焦点が全くと言っていいほどあっておらず、純粋に映像としてみた場合、1973年という時代を考えても全くのド素人の方がまだきちんとした絵が撮れるんじゃないかと思います。ただ、これが妙に目に焼きついて離れないのです。多分、全くの素人が撮影した作品だと言われて見せられてもひどい映像だなとは思いつつも残像のように頭の中にしつこく残るんじゃないかと思います。
映像のほとんどの部分がぼけたりブレたりしながらも、たまに像を結び固有名詞が読み取れるので、当時の新宿のどこで撮影したのか、もしかしたら特定できるのかもしれませんけど、いつどこで撮ったのか、そんなことはこの作品にとっては大した意味を持たないのかもしれません。もしかしたら、そんな不特定であいまいなところが、当時の新宿の街をもっとも表現していたのかもしれません。ただ、その時代の新宿を目の当たりにした訳ではない私には、作品の目を通して感じるしかないのですけど……。
私は長い間、絵画とかと比較して写真を「複写できる」という再現性ゆえに一段下に置いた見方をしていたのですけど、森山さんの作品を見ていると、再現できるモノの価値について正面から考えてさせられてしまいます。
http://www.takaishiigallery.com/exhibition/2006/07_shinjuku-1973-25pm/japanese.html