木村元彦「オシムの言葉」

Jリーグクラブとしての年間予算が最低クラスで、せっかくいい選手が育ってもすぐ他チームに移籍してしまう。普通だったらJ2への降格争いをしていてもおかしくない、そんなチーム状況の中で、いつも上位争いしているジェフ千葉の指導者。更には移籍しようとする有力選手の引き止めについては淡白で、強くなるための営業努力をしているのかやや疑問を感じてしまうクラブチームが、監督が辞めるという報道が出た時にはそれを必死になって打ち消そうとしていた光景。このオシムという監督についてものすごく興味が湧いてきたのは、こういった理由からだったと思います。
それでこの本を読むことにしたのですけど、この本を読んでいると世界の名門クラブチームや代表監督で指導する能力を持ったこれほどの名将が、極東のサッカー先進国とは決していえない島国の一クラブチームの監督をしていることの奇跡や、そこのいたるまでの運命のいたずらといったことを強く感じずにはいられませんでした。
この本のタイトルから、最初はオシム監督の指導者としての成功の秘訣を、彼の言葉から探っていく内容の本だと思っていました。確かに彼のコメントの数々は知的で本質を突いていておまけにウイットに富んでいてとても面白いです。ただこの本は自分が思っていたようなオシム監督の言行録といったたぐいの本では決してありません。数学者のような論理的な思考を持ちながら、そういった人間にありがちな合理性一辺倒ではない、人の気持ちを掴むことに長けた根っからの教育者としての資質を持つ優れた指導者を紹介する本であり、更にはユーゴスラビアの民族問題に翻弄された一人の人間について語った優れたノンフィクションでもあります。

「確かにそういう所から影響を受けたかもしれないが......。ただ、言葉にする時は影響を受けていないと言ったほうがいいだろう」
オシムは静かな口調で否定する。
「そういうものから学べたとするのなら、それが必要なものになってしまう。そういう戦争が......。(「オシムの言葉」より)

いままで隣人だった同胞が殺しあう、チームメイトだったはずの人間がサッカーだけでなく文字通り敵同士になってしまう。そんな過酷な経験がオシム監督を人間としても指導者としてもより深みのある存在にしているのは間違いないかとは思います。ただ、それについて語る時のオシム監督の言葉には、軽々しくそれを語ることが許されないとてつもない重いものを感じました。
それと同時にこの監督に率いられたチームが果たしてどんなサッカーをするのか、先日浦和レッズとの試合をTVで見ていると、それを見に久ぶりにサッカースタジアムに足を運ぶのも悪くないと思いました。
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