結城昌治「軍旗はためく下に」

太平洋戦争時、陸軍刑法の裁きのもと、弁護人もはっきりした証拠もないままに軍律違反者として処刑されていった兵士達。本作は、彼らが理不尽に処刑されていった、戦場での五つの場面を再現している。
結城昌治という作家は、以前から読んでみたいと思っていた作家の一人だったのですが、品切れが多くて通常の書店ではなかなか手に入らないためか、いままでなかなか読む機会がありませんでした。本書を読んで真っ先に思ったのが、「これほど凄い作品が何故品切れなのだろうか」ということでした。(もっとも、古書店ではそんなに入手が困難な本ではないと思いますが)
おそらく、執念ともいえる丹念な取材に裏打ちされたと思われる、戦争の度し難い一面を映し出す描写・・・敵だけでなく見方でさえ大した理由もなく殺されてしまうという事実、そしてそれを許す上に甘く下に厳しすぎる軍の体質に、システムとして容認される陸軍刑法というシステム・・・を、ノンフィクションの作品以上にリアルに描き切ってみせています。文章の方も、例えば四番目の話にあたる「敵前党与逃亡」などは、十人以上の関係者の聞き込みによって文章が構成されていますが、記憶の食い違いや、立場の違いによる事件の見方の違い、更には自分の保身や他人の非難に奔ったり、戦争中の記憶を闇に葬りたがっているする人物の存在等、一人一人の人物の書き分けは、並みの筆力ではとうていできません。そして、それだけの人物に聞き込みをしても、一向に事件の真相は見えてこず、その事実さえも、戦争の不条理さの証明になっているという見事な構成になっています。
おそらく、戦争経験のない私達こそが読まなければいけない作品だと思います。古書店で探したかいはありましたけど、なるべく早く復刊してほしいですね。
isbn:4122000289:detail