冲方丁さんの文芸アシスタント制度について(ついでに、ライトノベルについて少し)

1月末に淳久堂冲方さんと、大森望さんと三村美衣さんのトークセッションに行った際、ダウンして入院されたという話をしていました。「マルドゥック」の続編を早く読みたのですけど、それよりも体のほうに気をつけていただいて、納得のできる作品を作って欲しいです。その段階でまだ、原稿に手をつけていなかったそうなので(構想は出来上がっているでしょうけど)、今年出てくれればいいかなあと、気長に待っています。早川の今年の刊行予定には上がっているようですが、去年の刊行予定にも出ていましたし、最近アニメの方の仕事とかもあって、なんだか多忙そうですからねえ。
文芸アシスタント制度については、様々な問題を抱えているとは思いますが、こうした試みを行うこと自体に大きな意味があると思います。新人賞の募集者の多さをみても分かりますが、供給者の多さにあぐらをかき、欠点をあげつらうことばかりしている、その一方で、ただ「数を打てば当たる」とばかりに作品を垂れ流すだけで、現状の問題に対してあまり有効な手が打てていない、それを批判されると「読者のニーズ」を言い訳に自分たちの手で何とかしようとはあまりしていないように見える、というのがこの業界の現状ではないかと思います。(それは、必ずしもライトノベルだけに当てはまる問題ではありません)
こうした試みは、作家さんをただの「消費物」としないための、作家サイドから出た、面白い一つの試みだと思います。確かに、ライトノベルが「エンターテイメント」である以上、「消費されるもの」であることから逃れられない一面を持っていることは無視できないでしょう。ただし、消費されるだけでそこに何も残せないのであれば、それは読者にとっても作家にとっても悲劇と浪費と自己満足以外の何者でもないのではないでしょうか。