沢木耕太郎さんの講演会に行く

先月の紀伊国屋ホールの講演会に引き続き、今回も行ってきました。今回は雑誌「COYOTE」主催の、旅・写真シリーズの第二回・沢木耕太郎の旅、というテーマで、青山の富士フィルム本社ホールで19時から行われました。内容的には大きく三部に分かれていました。

第一部:沢木耕太郎さんトークショー:テーマ「記憶を記録する」
第二部:カメラマン内藤利朗さんの撮影した写真を編集したスライドショー
第三部:COYOTE編集長の新井さん、沢木さん、内藤さんによるトークセッション

第一部
まずは、沢木さんが登場してのトークショー。挨拶のあと、冒頭「ここに来る直前までヘビー級のボクサーについて話そうと思ったんですが」というお話でした。しかし、結局、第二部のスライドショーとの絡みで、「一瞬の夏」が刊行された後、その軌跡を写真で綴った、内藤利朗さんの写真集「ラストファイト」が、復刊という形をとりながら、全く別の作品として甦った、写真集「カシアス」が刊行された経緯についての話がメインでした。私の場合、カシアス内藤さんについての話を色々と聞きたくて聴きに言ったので、予定どおりでしたけど、沢木さんの口から語られる、ヘビー級のボクサーの話というのも聞いてみたかった気もします。どこか別の機会にやってくれないでしょうか。
話は、二年前、雑誌「スイッチ」の沢木耕太郎特集号の取材で、「一瞬の夏」の舞台でもあるソウルを当時の「スイッチ」編集長の新井敏記さん、写真家の内藤利朗さんと、三人で訪れた時から始まります。当時開催されていた日韓ワールドカップの取材が主な目的だったそですが、当然、話題も、当時沢木さんと内藤さんがカシアス内藤さんのタイトルマッチのためにソウルを訪れた夏の話になり、その時の、新井さんの「復刊しましょうか」という、軽い口約束のようなものから復刊の話が始まったそうです。
やがて、取材も終わり、特集号も刊行された後に、「ラストファイト」を復刊しようという話が口約束から、正式な形で持ち上がっていきます。それと、並行するような形で、当時、カシアス内藤さんがボクシングジムを出そうとしており、一度は決まりかけた話が頓挫したために、資金面で苦しくなり、大変悪戦苦闘していたそうです。スポンサーもない状態からジムを立ち上げようとするカシアスさんに対し、復刊された際の本の印税で「ジム設立の種になるような費用に出来るのでは」と考えた沢木さん達によって、写真集は正式の復刊に向けて動き出しました。
ところが、翌年2004年2月に、カシアスさんが突然ノドのガンにかかります。医者からも末期ガンだと言われる位深刻な病状で、折角、動き出したジムも写真集も暗礁に乗り上げかけてしまいます。誰もが諦めかけたそうですが、その後、カシアスさんの驚異的ともいえる生命力で、完治には至らなかったものの、わずか三ヶ月で退院し、何とか日常生活を送れるようになります。そこで、もう最後のチャンスだと感じた沢木さん達が、何が何でもジムを作ろうと動き出し、カシアスさんの前の奥さんの命日に当たる2005年2月1日に、ジムのオープンと、「カシアス」の刊行を同時することを先に決めてしまい、そこに向かって動き出し予定通りにジムもオープンし、写真集も復刊されることになったそうです。

Switch (Vol.21No.12(2003December))

Switch (Vol.21No.12(2003December))

第二部
カメラマン内藤利朗さんの撮影した写真集「カシアス」の写真をベースにしたスライドショー。正直、3月に紀伊国屋ホールの講演会の時と同じ物を見ることになるのだろうと思っていました。基本になる部分は確かに同じですが、近況の写真を中心に、かなり手直しがされていて、正直びっくりしました。
カシアス内藤さんの「一瞬の夏」から始まる日々がスライドと音楽によって、時間を追って語られていく様子を見ていると、上手くいえないのですが、一人の人間の人生の、28年間を濃縮した人生を見ているような気分になりました。写真というものは、こうした形で、人生を遡って語っていくことが出来るものなのか。今まで写真についてあまり興味のなかった私は、写真というものの一つの見方を教わった様な気がします。
一方で、ソウルで、カシアスさんが朴鐘八とのタイトルマッチで無残なまでにダウンさせられている写真を見ると、「写真というのは現実にどこまで関与できるのか」、ということを考えずにはいられませんでした。内藤さんが「本能で」試合後のリングに上がって撮影した写真は確かに残酷です。けど、その「残酷さ」も現実です。その中で、残酷ではあってもそこから眼をそむけずにあの写真を撮影できた、ということは、内藤さんのカシアスさんという被写体に対する温かさだからだと思います。そう、考えると写真というのは現実に関与できる余地というのは、被写体と誠実に向かい合えば合うほど減っていきますが、現実を超えて私達に語りかけてくれる力は増えていくような気がします。

第三部
まず始めに、新井さん、沢木さん、内藤さんの3人が登場し、内藤さんからスライドショーを見ての感想について語られた。
「ジムに行っていたころがカメラマンの自分にとって一番幸せな時」と当時のことを語り、28年間という時間の濃密さ、被写体としてのカシアス内藤さんへの思いを語っていた。対談の後半で、内藤さんの写真には、膨大な時間が費やされていて、最初は、沢木さんに頼まれて、仕事とは関係なく撮影されたものが「結果として仕事になる仕事はものすごくしあわせ」という話をされていた。私は「一瞬の夏」という物語は「いつか」を求めて目標ににじりよった人たちの物語だと思っていますが、もしかしたら、内藤さんにとっての「いつか」というのは、カシアスさんや沢木さん達と一緒にいた時なのかもしれません。
その後、会場に来ていたカシアス内藤さんと、大和武士さんがステージに呼ばれ、カシアスさんが対談に参加した。この日一番盛り上がったのがこの時ではないでしょうか。
スライドショーを見てのカシアスさんの感想を語ってくれました。「当時の情景が浮かんできた。自分の生きていた形、時間をもう一度甦らせてくれた。」との事。
「カシアスさんにとってとボクシングとは」という質問に対しては、「一生感謝しないといけないし、一生続けたい。」という答えでした。カシアスさんはボクシングをやめた後、水商売、左官、大工、配管工、トラック運転手等、様々な職業を転々としたそうです。その言葉のなかに、長い時間の末に、やっと自分の居場所にもう一度たどり着くことの出来た人間の言葉の重さというのを感じました。
その他、対談で、面白なあと思ったのが、新井さんからカシアスさんへの「書かれる側、撮られる側の心理について」という質問です。カシアスさんの側から見た「一瞬の夏」について、という視線で語られることがあまりなかったので、とても興味深かったです。書かれることについては、違和感があまりなかったこと、写真については、本人がコンディションの悪いと思っている時には、それがどこか写真に出てしまい、「写真はごまかせない」と思ったそうです。
作品については「何か感じている部分を思いださせてくれる生きていく上の道標」だと思っているそうです。カシアスさんは「本は一瞬の夏以外ほとんど読まないし、自分はあまり頭が良くない」とおっしゃっていましたけど、鋭い感性と頭の良さをもった人だなと、私は思いました。

普段、どちらかといえば、他人に対してあまり深い関心を抱くことのない自分が、何故、彼らに対してここまでこだわるのか?正直自分でも、不思議で仕方ありません。自分にとってスポーツを読むこととは何であるのか、という疑問とともに、今後の彼らについても、自分のペースで追いかけていこうかと思っています。
差し当たり、4月8日発売の雑誌「COYOTE」の5月号に「カシアス内藤、ジムができるまでの長い旅」というドキュメントが掲載されるそうなので、それを読んでみようかと思います。