沢木耕太郎「一瞬の夏・上、下」

明後日、新宿の紀伊国屋サザンシアターで「一瞬の夏−その後」というテーマで、沢木耕太郎さんの講演会と、本作にも出てくるカメラマンの内藤利朗さんのスライドショーに行くので、そのために、再度読み直した。今回、文庫で読んだのは始めてでしたけど、文庫版の方にだけ、巻末に本作の後日談として「リア」という話が収録されていた。これは始めて読んだ。内容的には、かつての過去にケリをつけ、栄光を夢見てカムバックする元東洋太平洋チャンピオンのボクサー、その彼に自分の夢を託す老トレーナー、そして、ふとしたことから彼らに手を貸すことになり興行にかかわる事になった‘私’。そんな彼らの苦闘を‘私’の視点で書いたノンフィクション小説。沢木さんの描写力の素晴らしさ(特に試合や、スパーリングのシーン)はもちろんですが、この本が普通のスポーツノンフィクションと一線と画すのは、この小説における‘私’である著者の立ち位置にあるのではないだろうか。通常であれば取材「する側」と「される側」に分かれてしまうのが、当事者の一人になったことにより、対象に対する距離がぐっと縮まり、それによって作品の持つリアリティが従来の作品とは比較にならないものになっている。夢にむかって進んでいた彼らが、どうしようもないとしか言いようのないアクシデントの数々によって亀裂を深め、空中分解していく過程は普通の小説ではまず描けない臨場感がある。ノンフィクションであるがために、その結末には、彼らに対する深い思い入れと同時に、なんともいえないやりきれなさを感じてしまうが、私がいままで読んだスポーツをテーマにした作品のなかでは一番印象に残っている。だから、出不精の私が、珍しく講演会に行こうとしているのだろう。
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isbn:4101235031:detail