西加奈子「さくら」

なにをやっても優秀で、皆の人気者だった自慢の兄、頑固だけど真っ直ぐでとても美しい妹、料理が上手くて穏やかで美しい母、物静かな哲学者のような物腰ながら、一家を支える父、そして、我が家にやってきた犬のさくら。そんな、素晴らしい4人と1匹の家族に囲まれて暮らす次男の「僕」。彼ら、一家の日々は暖かくて、穏やかで、とても居心地のいいものでした。ところが、彼らのそんな日々はいつまでも続きません。たった一つの、けど大きな、ある事件をきっかけに家族を大きく揺るがすことになる。そんな中、「僕」も大学進学とともに家族から離れ、東京の大学に進学する。
そして、そんな年の暮れ、恋人に年末を一緒に過ごそうといわれていたにも関わらず、「僕」は久しぶりに、何かに衝き動かされるように自宅へと戻ります。そこで起こった、ささやかだけど、かけがえのない奇蹟の物語とは−
読み始めて、全体の三分の二までは、穏やかな家族の物語で、嫌味なくらい理想的な家庭の為、小説の中だと分かっていながらも羨ましくなってしまった反面、彼らに何か感情移入しにくかったです。ところが、そんな理想的に見える家庭でも、たった一つの避けることのできないアクシデントから、今までの日々は一体何だったのか、と問いただしたくなるほど、脆く、あっけなく、崩れ去ってしまいそうになる。更に、順調な時だったら表に出ることのなかった、家族の問題までも表面化してしまいます。家族の脆さが、前半に家族の皆の温かさをエピソードをまじえて、丁寧に語られている分、それが壊れていく脆さに、余計、切なさを感じました。人生は、一度きりであり、一度壊れてしまったものや関係といったものは、もう二度と元には戻りません。そんな中でも人生は、自分からギブアップしない限り続いていきます。元には戻れなくても、それで何とかがんばって生きていくきっかけというのも、実は身近でささやかで、ふだんだったら当たり前すぎて見落としてしまっているものなのでしょう。
最終章は決して、ハッピーエンドでも哀しくもない美しくもない、けど読んでいて泣きそうになってしまいました。壊れてしまった家族を結びつける最後の絆。それさえも失いたくない一心から、必死になって立ち向かい、もう一度、一つになる家族の心。そんな中で、決してもとには戻らないけど、これ以上失ってはいけないものが存在するものの大切さを、再確認します。それが、家族の一員のひとりひとりであり、それを気付かせてくれたのが、犬の「さくら」なのでしょう。「家族愛」の脆さと、その脆さゆえのかけがえのない大切さというものを、この作品から感じられたような気がしました。
isbn:4093861471:detail
先日、神田の三省堂書店にサイン本があったので、ちょうど読もうと思っていたので購入した商品です。