沢木耕太郎さんの講演会に行く

昨日、サザンシアターで行われた、『カシアス』(スイッチパブリッシング)刊行記念 沢木耕太郎氏講演+内藤利朗氏スライド上映会『一瞬の夏−その後−』に行ってきました。内容的には、今回は大きく分けて、1)沢木さんによる、『カシアス』が刊行され、スライド上映会が行われることになった経緯を中心とした講演会、2)未発表作品も含めた、一瞬の夏から始まるカシアス内藤さんの三十年のダイジェストともいえる、カメラマン内藤利朗さんの作品を編集したもののスライド上映、3)沢木さんと内藤さんによる「カシアス」サイン会の、三部構成になっていました。

十年前に、新装版で「一瞬の夏」を読み終えてから、ずっと、カシアス内藤さんがどうしているのか、リングのうえでの戦いが終った後、この人はどのような人生を過ごしているのだろうか、どう過ごしているかは分からないけど、せめて、幸せであって欲しいという思いが、自分の心のなかを捕らえて離しませんでした。別に、そのことを知らなくても、自分自身の人生をすごしていく上で大きな障壁になるわけではない、しかし、忘れたころに、作品を読み返すと、自分がその事に引っ掛かっていたことを、フッと思い出してしまう、そうやって、いつの間にか、十年が過ぎていきました。「一瞬の夏」という作品それ自体は、最後のページをむかえれば、それで終りますが、彼らの人生は、その後も続いていくのです。それが、今回刊行された『カシアス』という写真集、たまたま、紀伊国屋書店のホームページで見つけた今回の講演会の案内を目にした時、自分の、かつて、引っ掛かかっていたものを、また思い出し、そして、こうした、私の十年間の疑問に、とうとう、答えが出るかもしれないと思ったのです。
カシアス (Switch library)
沢木さんの講演では、冒頭は、「一瞬の夏」を刑務所で読んで、ボクサーになった、元日本ミドル級チャンピオン大和武士さんの話から始まり、内藤さんとカシアスさんの出会いや、「一瞬の夏」が書かれた経緯、その後のカシアスさんの人生や、今回の、「カシアス」が刊行されたいきさつなどについて語られました。日本タイトルに挑戦したとき、大和さんのトレーナーをカシアスさんがつとめたこと、その際に、カシアスさんがボクシングのトレーナーとして、論理的かつ合理的で、ユニークな指導をして、大和さんが日本チャンピオンになるのに、少なからず貢献したこと。その後、ジムを作ろうと何度も試みるものの、うまくいかなかったこと。カシアスさんがノドのガンにでき、それが末期ガンだったので、もし生き残ることができたら、ジムを何が何でも作ってしまおうと、沢木さん達が、思ったこと。そして、その後、持ち前の驚異的な体力で回復し、予定どおりジムを作ってしまったこと、などについての話がありました。沢木さんが、講演のなかで、「よりよく戦ったひとは、よりよく生きて欲しい」といっていましたが、その言葉が特に、強く印象に残りました。今回の講演会の収益の一部や、「カシアス」の内藤さんの印税が、ジムの運営費に回されるというお話を聞いていると、資金面の不足を始めとして、問題はまだまだ山積みのようですが、それでも、カシアスさんがやっと自分の本来の居場所にたどりついたことに、とても感動しました。今回の講演と、内藤さんのスライドを見て、十年間ずっと引っ掛かっていたモヤモヤとした気持ちがようやく少しだけ晴れたような気がしました。