庭劇団ペニノ「笑顔の砦」@駅前劇場

自分の中では予想外のオーソドックス過ぎる入りに、最初は「タニノクロウさんも変態と呼ばれることに嫌気が差して宗旨替えしたのかとな」思い、とまどいと同時に若干の退屈さも感じたのですけど、終ってみればやっぱりとびっきりの変態でした。
ちょっとでも興味のある方は是非劇場に足を運んで、自分の目で確かめてみて下さい。
(あらすじ)
海に面した町のアパートに住むタケ(久保井研)は45才で独身の漁師。最近、景気が悪くて仕事が減っているが、後輩達からは頼りにされており、それなりに楽しく暮らしている。
そんな彼の部屋の隣に、人が引っ越してきた。
後輩達を家に呼んで一緒にメシを食ったり、漁に出たりしているうちにいつの間にか野ことだったので、タケはしばらく気が付かなかったのだが・・・。
隣に引っ越してきたのは、1人はやや痴呆の気がある老人・キク(マメ山田)で、もう一人はキクの介護をするために派遣された多喜子(五十嵐操)という女性だった。
(感想)
上手と下手で丁度半々に区切られたアパートの部屋が舞台。冒頭は、下手にあるタケの部屋での日常がまるで何事もないかのように淡々と演じられています。正直、最初はちょっと肩透かしを食らった感はありましたし、あまりにも淡々とし過ぎているのでちょっと退屈ささえ感じていたのですけど、良く観ているとそこで演じれているのは私達の日常と大差のない世界で、演劇の中だと、この日常との差のないリアルさというのは実はものすごく貴重だったりします。実際に魚をさばいたり調理までしてしまうのいくらなんでも、そこまでリアルさにこだわらなくてもと思います。久保井さんが普通に魚を三枚おろしにしているのは、本当は結構凄かったりするのですけど、あまりにも自然にシーンが流れていくので、その場では何の考えもなく通り過ぎてしまって、終ってから「そういえば凄かったな」と思ったくらいです。
そんな日常を繰り広げていくうちに、タケの隣の部屋に2人が引っ越してきて、話しの展開は大きく変わっていくかと思わせておいて、話しは相変わらず淡々と進んでいきます。ただ、その中でもとても鮮やかだな、と思ったのが、タケとキクの関係性の描かれ方です。この作品のなかでは直接的には2人はお互いに言葉さえ交わさずに、タケがキクの部屋を覗いた時に一瞬交差しただけの関係に過ぎません。ただ、それにも関わらずお互いがお互いに大きく影響しあっています。
タケの部屋で音楽を演奏すると、キクがそれにあわせて踊ってみたり、キクに迷惑を掛けてはいけないと物音を立てないように懸命に気を使うタケとか。そして、タケがキク達に伊勢えびをプレゼントしたのが引き金に起こってしまったタケの死・・・。言葉は交わさなくても、こういった関係の描き方があるのかと驚きましたし、その描き方の鮮やかさにはため息が出そうになりました。そういう訳なので、今回の公演では久保井さんとマメさんとの直接的な絡みはほとんどないのですけど、チラシに書かれている通り、「コンビ」としか表現の仕様がないと思いました。
その他の役者さん達も皆さん淡々とした中でも、それぞれ印象に残る演技をされていましたが、その中でも特に良かったのがタケとキクの仲立ちの位置にいると言ってもいい、多喜子役を演じた五十嵐操さん。介護に疲れきった感じと、女性としての艶やかさとのバランスが絶妙で、タケの部屋を訪れて、まるで疲れきったかのようにタケに抱かれようとするシーンはこの作品でもっとも見応えのあったシーンの中の1つでした。
最後、タケが亡くなってしまうというとても苦い結末なのですけど、最後の音楽と朝日の昇るシーンとのせいなのかもしれませんが、観終わった後に美しい余韻がしばらく残りました。作品の持つ本来の意図とは違うのかもしれませんけど、死の持つ残酷さと、その後に残る甘美さというものを、自分の中では強く感じました。作品の質が高いだけでなく、観ている途中にタケの立場になっていろいろなことを考えさせてくれた作品でした。前回公演の「アンダーグラウンド」にも驚かされましたけど、今回は前回以上に凄い作品だったと思います。